第3章 風邪とお見舞い

第25話 風邪①

「酷い風邪を、引いてしまった……」


 そうひとりごちると、けほけほと咳が出る。

 わたしはふかふかのお布団から顔だけ出しながら、ふうと息をついた。額の上には、ヌールゼンさんが用意してくれた冷たい濡れタオルが置かれている。


 川に落ちてからお医者さんに診てもらったときは、特に身体に異常はないと言われてほっとしたけれど、それから少し経って熱を出してしまった。恐らく、冷たい水に浸かったのがよくなかったのだろう。


 時計を見ると、もうすぐお昼の十二時になるようだった。でも、今のところ余り食欲がない。


「うう……取り敢えず、もう一回、寝よう……」


 そう呟いて、わたしはお布団の端をきゅっと握ると目を閉じた――――


 *・*・


 目を開くと、わたしは見知らぬ砂浜に立っていた。

 ざざーん、と波の打ち寄せる音がする。視線の先には真っ青な空と海、振り返ると森が広がっていた。


「え……どこ、ここ……?」


 わたしは再び海の方を見て、首を傾げる。



「サク……こんなところにいたんですか」



 聞き慣れた声がして、わたしはばっと振り向いた。


 そこには――もさもさの緑色の髪飾りと首飾りを身に付けた、水着姿のユキミさんが立っていた!


「え、ユユユ、ユキミさん〜!?」

「どうしたんですか、サク? それにしても……普段のサクの服装もすごく素敵ですが、その格好もよく似合っています」


 その格好……?

 わたしは、今まで意識していなかった自分の姿を確認した。

 ざっくりと胸元の空いたノースリーブのワンピースに、首から掛けられたふわふわの花飾り――――


「なっ、何この格好〜!?」

「でも、少し、露出が多い気がします……あの、二人だけのときしかだめですよ? 他の男になんて、絶対、見せたくないですから……」


 ユキミさんは少し顔を赤くしながら、ぼそぼそと言う。

 か、可愛い……!

 ……じゃ、じゃなくて!


「ユ、ユキミさん! そもそもわたしたち、何で、こんなところにいるの……!?」

「え……? サクが、フラダンスをしに南国の島へ行こうと言ったからじゃないですか」

「そ、そうなの〜!?」

「そうですよ? ほら、一緒にフラダンスしましょう、サク」


 ユキミさんはそう言って、フラダンスを踊り始める。

 どこからか現れた数多のねこさん(フラダンスの衣装に身を包んで二本足で立っている)も、ユキミさんを囲むようにフラダンスを踊り始める。


「と、とても、シュールだ…………」


 呆然と呟くわたしの前で、楽しそうなフラダンスの光景が繰り広げられた――――


 *・*・


「…………ん、うぅん…………」


 わたしはゆっくりと、重たいまぶたを持ち上げる。


 ぱちぱちと瞬きしてから、時計の方を見た。午後二時過ぎを示していて、わたしは自分が眠っていたことを思い出す。


「なんか、すごく変な夢を見たような気がする……一体、何だったんだろう……」


 呟きながら、わたしはのろのろと上体を起こして、ぬるくなってしまった濡れタオルを枕元に置いた。


 身体の怠さは少しばかり取れたけれど、それでもまだ体調が悪い。

 でも眠気もだいぶなくなってしまって、どうしたものかと溜め息をついた。

 ちょっとお腹が空いたし、遅めのお昼ご飯を食べるといいだろうか……。


「はあ……折角の休日だし、ユキミさんと会いたかったなあ……」


 わたしは、花雹祭かひょうさいの夜を思い出した。

 あれから晴れて恋人同士になれたというのに、早速体調を崩してしまうなんて勿体なさすぎる。


「うう……ウイルス、きらい……」


 そう溜め息を零した頃、とんとんとん、と扉がノックされる。

 あれ……この叩き方は……まさか!?


 わたしはだっとベッドから抜け出して、よろよろと扉の方へ走った。


 がちゃりと扉を開くと、そこには――――



「サク、大丈夫ですか……!? ヌールゼンさんから聞きました、風邪を引いてしまったそうで……!」



 ――――心配そうな面持ちを浮かべた、ユキミさんが立っていた。


「ユ、ユキミさん〜……!」

「え、ちょ、わっ……!」


 わたしは思わず、ユキミさんに抱き付いていた。

 あわあわとするユキミさんの側で、わたしは口を開く。


「うう……風邪、辛いよ〜……」

「それは大変です……何か俺にできることはありますか? よければ、キッチンをお借りしてお粥でもつくりますよ」

「お粥、食べたい〜……」

「わかりました、ではサクのために一秒でも早くつくってきま……あ、あの、サク。このままでは、俺、キッチンに行けないんですが……」

「離れたくない〜……」


 わがままになっていると自分でもわかりながらも、ユキミさんとこうしていたかった。


 すると、ユキミさんがわたしの身体を抱きかかえる。


 ひゃっと声を漏らしたわたしを、ユキミさんはベッドの側まで連れて行って、丁寧に横たえた。


 それからわたしの長い前髪を上げて、優しくおでこにキスをする。

 数秒ほど後で、ユキミさんはわたしから唇を離すと、そっと髪を撫でてくれた。


「少しの間、離れるだけですよ。すぐに戻ってきますから、ちょっとだけ待っていてくれますか?」

「ふ、ふぁい…………」

「良い子です、サク。サクの身体に巣食う忌々しいウイルスを全て葬る呪いを込めた、とても美味しいお粥をつくってきますからね」

「ま、禍々しいお粥だ……!」


 わたしの言葉に、ユキミさんはくすりと笑うと部屋から出て行く。


「ね、熱がさらに一度くらい、上がってしまった気がする……」


 わたしはおでこをさすりながら、呟いた。

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