第28話 風邪④

 わたしは、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。

 視界に広がるのは、見慣れた天井だった。


「う…………あれ、わたし…………」

「サク!」


 声のした方を見ると、心配そうな表情を浮かべたユキミさんが、ベッドの側の椅子に座っている。

 わたしはお布団にくるまったまま、上体だけ起こした。


「調子はどうですか? それと、先程はすみませんでした……つい、我を忘れて……」

「さき、ほど…………」


 わたしは瞬きをしながら、記憶を辿る。


 そうだ……わたしは、ユキミさんに、口うつしでお水を飲ませてもらって……

 それから、沢山、キスして……


『……恥ずかしがるサク、可愛いです』

『……サクの可愛いところ、沢山見せてください』


「うっ、うにゃ、うにゃああああああああああ!」

「だ、大丈夫ですかサク!? もしかしてたった今風邪が急激に悪化したんですか!?」


 余りの恥ずかしさに頭を抱えたわたしに、ユキミさんはあたふたとする。


「いや……違くて……もっ、もう、ユキミさん、あんまり恥ずかしいこと言ったらだめだよ〜!」

「恥ずかしいこと……? 恥ずかしいこととは……?」


 ユキミさんは本気でわかっていなさそうだった。

 わたしは彼から視線を逸らしながら、ぼそぼそと言う。


「そ、その……キスしている、わたしが、可愛いとか……」

「え、だって本当に可愛いんですもん。可愛いものに可愛いと言って、何が悪いんですか!」

「ユキミさんが、開き直った〜!」


 目を丸くするわたしに、ユキミさんは「その反応もとても可愛いです」と微笑んだ。

 うう……このままでは、可愛いと言われすぎて、変になってしまいそうだ……!


「そういえば、サク。これ、食べますか?」


 ユキミさんはそう言って、テーブルに置かれていたお皿をわたしの元に持ってきてくれる。


 そこには――沢山の、うさぎさんりんごが乗っていた!


「わああ……ユキミさん、つくってくれたの!?」

「はい。サクが喜ぶかなと思って、さっき光速で切ってきました」

「うん、すごく嬉しいよ〜! 食欲も回復してきたから、ちょうどよかった! いただきまーす」


 わたしはうさぎさんりんごを一つ持って、口へと運ぶ。

 しゃりしゃりとした食感がパーフェクトだ!


「美味しい〜……りんごって、いいよねえ」

「俺も好きです。りんごのタルトやアップルパイというようなお菓子にも使えますし、素晴らしい食材ですよね」

「うんうん! わかりみが深いよ〜」


 笑顔を零したわたしに、ユキミさんは幸せそうに微笑って。

 それから――急に、自分の頬を引っ張り出した!


「え、なになに、どうしたの〜!?」

「いや……余りにも幸せなので、ほっぺたをもぎ取って夢でないかを確認しようと思いまして……」

「も、もぎ取っちゃだめだよ〜!」


 おろおろするわたしに、ユキミさんはくすりと笑って頬から手を離す。

 それから、どこか切なげな感情を青い瞳に浮かべた。


「…………ずっと、俺の片想いだと思っていましたから。だから……本当に、夢でも見ているかのようなんです」


 その言葉に、わたしは少しの間、何て返したらいいかわからなくなってしまう。


 ユキミさんは勿論、この世界が『菓子屋ユキルルーアの恋物語』の平行世界パラレルワールドであることを知らない。

 だから……わたしが抱えていた葛藤も、知らない。


 乙女ゲームとか悪役令嬢とか、そういう概念をユキミさんに話したら、きっと酷く混乱させてしまうと思う。


 だからわたしは、少しぼかして話すことを決めた。


「わたしも、数年前からユキミさんのことが好きだったんだけれど……ちょっとした事情があって、恋心を表に出さないようにしていたの。だから……伝えるのが遅くなっちゃって、ごめんね」


 わたしの言葉に、ユキミさんはぱちぱちと瞬きする。


「そう、だったんですか……その"事情"というのは、もう解決したんですか?」

「うん! わたしの勘違いだったんだ……だからもう、」


 わたしはユキミさんへと笑いかける。



「――――ユキミさんに、いっぱい、好きって言える」



 ユキミさんは、真っ青な目を見張った。


 それから、がたんと椅子から立ち上がる。


「どうしたの、ユキミさ…………んっ……んぅ」

「……やっぱりサク、可愛すぎます」

「だ、だから、だめだっ…………んぅんっ」

「この世界で、一番可愛い」


 わたしは顔を赤くしながら、何度もユキミさんとキスをした――――

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