第27話 風邪③

 わたしの言葉に、ユキミさんは一瞬硬直して。

 それから、「ぼんっ!」という効果音が付きそうなくらい、一気に顔を真っ赤にした。

 ユキミさんは顔に右手を当てながら、口を開く。


「どうしたんですか、サク……本当に今日、破壊力がすごいんですけれど……」

「そっ、そんなこと、ないよ〜!? ただ……」


 わたしはユキミさんに顔を近付けながら、言う。



「ようやく恋人になれたから、いっぱい、ユキミさんに甘えたいだけで……」



 わたしの言葉に、ユキミさんは少しの間沈黙する。


「ユ、ユキミさん…………?」

「……いえ、何でもありません……ちょっと、自分の理性を必死に呼び起こしているだけですので……」

「…………? どういうこと?」

「わからなければ、いいんです」


 ユキミさんはふうと息を吐いて、それからテーブルの上に置かれたグラスを持つ。


「一応言っておきますが……上手くできるか、わかりませんよ? 俺、こういうこと、したことないので……」

「うん、大丈夫だよ〜! わたしも、したことないから!」

「あると言われたら、嫉妬で全身が黒焦げになるところでした」

「全身蕁麻疹よりも、重症になっているよ〜!」


 わたしの反応に、ユキミさんはくすりと笑う。


 それから、グラスに入っている水に口を付けると、グラスを置いてわたしの顔に手を添えた。

 自分から提案したのに何だか恥ずかしくて、わたしはきゅっと目を閉じてしまう。


 ――――唇に、柔らかいものが触れた。


 わたしは目を閉じてユキミさんの背中に手を回しながら、そっと口を開く。

 そうすると、少しずつ、水がわたしの口内に流れてきた。

 ゆっくりと飲み込みながら、わたしはユキミさんの背中に触れている手に、少し力を込める。

 すごく、どきどきした。


 水が流れてこなくなって、わたしたちは唇を離す。


 それで終わりかと思ったら、ユキミさんはわたしをぎゅっと抱きしめると、もう一度キスをした。


 驚いている暇もなく、舌を絡められる。


「ん…………ん、んぅんっ…………」


 思わず声が出てしまって、恥ずかしい。


 不思議だった。ただ、こうしているだけで、胸の奥がじんと熱くなったような心地がする。


 ユキミさんはわたしの頭を優しく撫でながら、何度もキスを繰り返す。

 下唇を吸われて、ひゃんっと声が出た。


「…………くすぐったかったですか?」

「ええと、くすぐったかった、というか……なんか、気持ちよかった……?」


 口にしてみて、わたしは一気に恥ずかしくなる。


「ううう…………」

「……恥ずかしがるサク、可愛いです」

「そ、そう言われると余計に恥ずかしくな……んっ……!」


 また、ユキミさんに唇を食べられる。


「ん…………んぅっ…………」

「……サクの可愛いところ、沢山見せてください」

「う、うう〜…………んっ……」


 長い間、キスが続いて……わたしの視界が、何だかぼやけてきた。


「……あれ、サク? どうしたんですか……?」

「なんか、視界に、フラダンスしているねこさんたちが見えるよ〜……」

「ええっ!? ……はっ、よく考えたらサク、風邪じゃないですか! うっかり忘れていましたごめんなさい! だ、大丈夫ですか!?」

「黒猫さん、フラダンスしていると、日焼けしているみたい〜……」


 くらくらしてきて、わたしはユキミさんにもたれかかるようにして目を閉じた。


 霞んでいく意識の中で、「すみません、余りにもサクが可愛くて……本当に、すみませんーっ!」というユキミさんの珍しく大きな声が聞こえた。

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