第29話 マユ①

「風邪が、治った〜!」


 翌朝、わたしは窓の側でぽかぽかの日光を浴びていた。

 目を細めながら、呟く。


「健康って心地いい……ユキミさんがお粥に込めてくれた呪いが、しっかり効いたのかも……」


 そう考えると、ありがたさでいっぱいになった。

 わたしは着替えをするためにクローゼットを開けながら、ひとりごちる。


「今日もお休みだし、ユキミさんにお礼も兼ねて会いに行こう……!」


 そう決めたわたしは、どのワンピースが一番可愛いかでうんうん悩み始めた――――


 *・*・


「ふんふん、ふっふーん♪」


 鼻歌をうたいながら、わたしは町を歩く。


 今日着ているのは、フリルが沢山付いている桜色のワンピースだ!

 ちょっと可愛すぎる気もするけれど、ヌールゼンさんにもメイドさんたちにもいっぱい褒めてもらえたし、きっと大丈夫だろう。


 遠くに立っている時計台を見ると、まだ午前十時のようだった。

 ユキミさんに早く会いたくて、つい家を飛び出してきてしまったが、よく考えると人によってはまだ眠っている時間帯かもしれない……。

 どこかで、時間を潰した方がいいだろうか……?


「――――そこの金髪のお姉さん」


 そう考えていたとき、わたしはそんな言葉を掛けられる。

 声のした方を見ると、綺麗な女の子が立っていた。


 赤茶色の長髪を一つに編んでいて、白い花の髪飾りで纏めている。

 ぱっちりとした瞳も髪と同じ赤茶色で、唇は桃色に染まっていた。

 レースシャツとロングスカートを身に付けていて、その上に小花柄のエプロンを着ている。


 ぱちぱちと瞬きを繰り返すわたしに、女の子はふわりと笑う。


「よければお花、見て行きませんか? 大切な人へのプレゼントにぴったりですよ」


 そう告げる女の子の後ろには、「ハルシージュ」と書かれた大きな看板と、沢山のお花が並べられたお店がある。

 どうやら女の子は、ここの店員さんなのだろう。


 大切な人へのプレゼント、か……。

 …………はっ!

 お見舞いに来てくれたユキミさんへの感謝の気持ちを込めたプレゼントに、ぴったりではないだろうか……!?


「えっと、ぜひぜひ、拝見させてください!」

「わあ、ありがとうございます! どなたかに贈られるんですか?」

「ええと……こ、恋人に、贈ろうと思いまして……!」


 両手を握りしめながらそう告げたわたしに。

 女の子は目を見開くと、だっと店内へと駆け出した!


「え……ええ〜っ!?」


 驚いているわたしに、「叔母さーん! ちょっと昼休憩行ってきまーす! いつか戻るんでー!」という女の子の声と、「えっ!? まだ仕事は始まったばか……ちょ、ちょっと、マユー!」という声が聞こえてくる。


 すぐに女の子が戻ってきて、ぽんとわたしの肩に手を置いた。


「さて、名前を聞いても?」

「え!? ええっと、わたしは、サクレーミュ=テラントディールって言います……!」

「あ、テラントディール侯爵家のお嬢様って君のことだったんですね。私はマユ=タータエッタ、マユでいいですよ。あとタメ口でおっけーです」

「そ、そうなの!? えっと、よろしくね、マユさん……!」


 わたしの言葉に、女の子――マユさんはにこっと笑う。


「よろしくです、レーミュちゃん。ケーキとか好きですか?」

「ええと、ケーキは、恐ろしいほど好きだよ……!」

「おお、そりゃあだいぶ好きですね。よかったよかった。じゃ、奢るんで、ケーキが美味いカフェに行きますか」

「え!? ど、どうして急に奢ってくれるの……!?」


 マユさんは「そんなの決まってるじゃあないですか」と口角を上げた。



「――――レーミュちゃんから、数多の恋バナを聞かせてもらうためですよ」

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