第30話 マユ②

 カフェ「サタリピカ」にて。

 わたしの目の前に、店員さんが「季節のフルーツを使ったショートケーキ」、「クリーミーチーズケーキ」、「ちょっぴりビターなチョコレートタルト」を置いてくれる。


「わあああ…………!」


 目を輝かせるわたしの前で、マユさん(カフェモカを注文している)がにっと笑った。


「どうぞ、美味しくいただいちゃってください」

「あ、ありがとう……! でも、本当にこんなに頼んでよかったのかな……!?」

「ふふ、おっけーです。レーミュちゃん、その三個でずっと悩んでましたし、どうせなら全部と思いまして」

「なんて、優しい人なんだ……!」


 マユさんは感動するわたしを見つめながら、頬杖をつく。


「代わりと言っちゃあなんですが、早速聞かせてもらいましょうか。レーミュちゃんの恋バナをね!」

「い、いいけれど、まだ付き合ったばっかりで、そんなにエピソードがないよ……!?」

「ほうほう」


 マユさんはスカートのポケットから筆記具とメモ帳を取り出すと、さらさらーとわたしの話をメモし出す。

 恋バナに対して、真面目すぎでは……!?


「じゃあ、付き合ったときの流れを教えてくださいよ」

「流れか……えっとまず、わたしが、川に落ちました!」

「へっ!? レーミュちゃん川に落ちたんですか!?」

「うん! それでね、生死の境を、彷徨いました!」

「生死の境を彷徨ったんですかー!?」


 びっくり仰天するマユさんに、わたしはえへへーと笑う。


「生死の境を彷徨った後で目を覚ましたわたしは、その……恋人に、気持ちを伝えました!」

「おお、ロマンチックすぎますぜ……」

「そうして両想いになったわたしたちは、沢山、ち、ちゅーをしました!」

「かーっ! 熱いですぜっ!」


 マユさんはさらさらさらーとメモを取っていく。は、速い……!


「ちなみに、付き合ってからは会ったりしたんですか?」

「うん! わたし、風邪を引いちゃったんだけれど、恋人がお見舞いに来てくれたんだ〜」

「ふむふむ、素敵な恋人さんじゃあないですか」

「うん! それでね、沢山、ち、ちゅーをしました!」

「うおおおお! 筆が乗りますぜえええ!」


 マユさんの筆記具が、爆速だ!


「ところで、キスの感想を教えてもらってもいいですか?」

「うん、いいよ〜! キスはね、と、とっても、胸が、どきどきします!」

「あああああっ! ファビュラ〜スっ!」


 マユさんの筆記具が、空中分解してしまいそうな速さだ〜!


「いやあ……最高の恋バナありがたすぎます……」

「こういう話でよければ、幾らでも話すよ〜! そういえば、マユさんはどうして恋バナを聞きたかったの? 好きだから?」


 わたしの疑問に、マユさんは手で筆記具をくるくる回しながら(よく見たら左手だ……! 左利きなのかな?)、楽しそうに笑う。


「実は私、小説家になりたいと思ってるんです」

「しょ、小説家に……!? すごいっ!」


 目を見開いたわたしに、マユさんはふふっと笑う。


「ありがとです。それでどんな小説家になりたいかなんですが、私は――恋愛小説家に、なりたいんです!」

「恋愛小説家に……!」

「ええ。読んだ女の子が余りのときめきで尊死してしまうような、そんな恋愛小説を書きまくりたいんです!」

「ときめきで、尊死しちゃうの〜!?」


 衝撃の概念に、わたしはびっくりしてしまう。

 マユさんはカフェモカに口を付けてから、また話し始めた。


「そのために、私は数多の恋バナを聞いて、『ときめきインプット』をしようと思ってるんですよ」

「ときめきインプット……! 初めて聞く言葉だ! ……あれ、ということは、マユさんも恋愛したりしているの?」


 わたしがそんな疑問を口にすると、マユさんはすっと目を細める。


「恋愛は……一生、しなくていいですね」

「ええ〜っ!? な、何で!?」

「いやなんか……恋愛って第三者として眺めるのは死ぬほどおもろいですけど、やりたいかと言われると全然……すげえめんどそうですし……何より私は小説のことだけ考えて生きてたいので……強いて言えば小説となら付き合ってもいいかもしれませんね……」


 そう語るマユさんに、わたしはケーキを口にしながら、世の中には色々な人がいるなあ……と思った。


「ま、私の話はどうでもいいんですよ。という訳で今度は、詳細なお見舞いエピソードを聞かせてください!」

「いいよ〜! えっとね、まず、恋人が呪いを込めたお粥をつくってくれて……」

「何ですかそのお粥!? こええです!」


 驚きつつ再び筆記具を動かすマユさんに、わたしはお粥の話を語り始めた――――

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