第31話 風邪⑤

 お花屋さん「ハルシージュ」の前にて。

 マユさんは、わたしに巨大な花束(なんと、全長一メートルくらいある)を渡してくれた。


「いやあ、ほんとにありがとうございます! レーミュちゃんのお陰で、ときめきインプットが非常に捗りました! これがあれば、次回の恋愛小説新人賞の大賞の座は手に入れたと言っても過言ではないです!」

「えへへ、お役に立てたなら何よりだよ〜。と、というか、こんなに大きな花束、無料で貰っちゃっていいの……!? 全然、お金払えるよ!?」

「いいんです、いいんです。最高の恋バナを聞かせてくれたお礼ですから! ちなみに、この白い花の花言葉は『混じり気のない愛』で、このピンクの花の花言葉は『可愛らしい愛』で、この黄色い花の花言葉は『活力溢れる愛』で、この赤い花の花言葉は『情熱的な愛』で……」

「さまざまな形の愛が、花束をつくりあげている!」


 目を見張るわたしに、マユさんは「素敵な恋人さんに送るにはぴったりでしょう?」と笑う。

 その笑顔はとても魅力的で、どこか綺麗な花畑を連想させた。


「それじゃあ、新しい恋バナが入荷されたら、ぜひまた教えてくださいね! 待ってますんで!」

「うん! ありがとう、マユさん! 行ってくるね〜!」


 わたしはマユさんに手を振りながら、ハルシージュを後にした。


 *・*・


 わたしは巨大な花束を抱えながら、菓子屋ユキルルーアに到着した。


「ま、前がよく見えなかったけれど、無事到着したぞ……!」


 達成感に包まれながら、そうひとりごちる。

 裏口に回って、何とか呼び鈴を押した。


 少しして、がちゃりと扉が開かれる。

 立っていたのは、ルルさんだった。


「あら、サクレーミュさ……って、とても大きな花束……!」

「そ、そうなんです、こんにちは! あの……ユキミさん、いますか?」


 わたしの問いに、ルルさんは困り顔になる。


「いるんですけれど、実はユキミ、風邪を引いちゃったんです」

「え、ええ〜っ!?」


 どうして、ユキミさんが、風邪を……

 ……いや、冷静に考えると、心当たりしかなかった!


「そ、そうしたら、ぜひお見舞いさせてください!」

「本当ですか? 風邪、うつっちゃうとまずいような……」

「いえ、もしうつったとしても、『おかえりなさい』という感じなので、全然大丈夫です!」

「ど、どういうことですか!?」


 ルルさんは驚いた後で、「……まあ、そうしたら、上がってください! ユキミも喜ぶと思います」と言って、わたしを家に招いてくれた。


 *・*・


 巨大な花束を持っているので慎重に階段を昇り、わたしはユキミさんの部屋の前に辿り着いた。


 扉には、「ユキミ」と書かれたケーキ型のプレートが備え付けられている。このプレートはユキミさんが幼い頃からあるもので、年季が経っていて味のある雰囲気を醸し出していた。


 わたしはそっと、ユキミさんの部屋の扉を叩く。

 しかし、返事がない。


「ユ、ユキミさーん……?」


 ちょっと大きな声で、名前を呼んでみる。

 しかし、返事がない。


 もしかして、眠っているのだろうか。

 だとしたら、邪魔しない方がいいだろうか……

 ……はっ!

 で、でも、ユキミさんの寝顔、見たい……!


「……うん。やっぱり、お見舞いは、するべきだよね! 恋人の、務めとして!」


 わたしは自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと扉を開ける。

 鍵は掛かっていなかったようで、案外すんなりと開いた。


 視界に広がるのは、整理整頓が行き届いたユキミさんの部屋。

 ……って、あれ!? ユキミさんが、いない!?


 視線を彷徨わせると、奥にあるベッドのお布団が丸く盛り上がっていることに気付いた。

 あ、多分、あそこっぽいぞ……!


 わたしは巨大な花束を入り口の近くに置いて、早足でベッドの方へ歩み寄る。

 それから、山の形をしたお布団に声を掛けた。


「ユキミさん……? 風邪、大丈夫……?」


 そう声を掛けるも、返事はなかった。

 わたしはそっと、お布団を捲ってみる。


 ――――そこには、膝を抱えるようにして横向きで眠っている、赤らんだ顔のユキミさんがいて。


 眩しかったのか、「ん……」と声を漏らしながら、ユキミさんがゆっくりと目を開いた。


「ご、ごめん、起こしちゃって……! わたし、恋人の務めとして、お見舞いに来ました!」


 わたしの言葉に、ユキミさんはぱちぱちと瞬きしてから。

 にへらっと、笑った。


「サクだー……サク、ぎゅーしてください……」


 ……!?!?!?

 余りの可愛さに、わたしは思わず固まってしまう。

 ユキミさんは不思議そうに首を傾げて、両腕を広げた。


「来てください、サクー……来てくれなきゃ、やです……」

「おっ、おわわっ、わわ〜!?」


 わたしは口から謎の声を漏らしながら、取り敢えずユキミさんをぎゅっとした。

 ユキミさんの身体は、随分と熱を帯びていた。


「えへへー……サク、柔らかいですー……」

「……そ、それは、何よりです……!」

「サク、ちゅーしてください」

「ええ〜っ!?」


 わたしがびっくりしていると、ユキミさんは唇を尖らせた。


「ユキミは、ちゅーしてくれなきゃやです……」

「一人称が、だいぶ昔に戻っている!」


 わたしは驚きながら、取り敢えずユキミさんにキスをした。

 ユキミさんはまた、にへらっと笑う。


「サク、大好きですー……」


 そう言って、ユキミさんはわたしをぎゅっと抱きしめる。


 こ、困ったぞ……


 風邪を引いたわたしの恋人が、宇宙一、かわいすぎる件について……

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良い子悪役令嬢転生〜まさかの「彼」からの溺愛付き〜 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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