良い子悪役令嬢転生〜まさかの「彼」からの溺愛付き〜

汐海有真(白木犀)

第1章 コーヒの記憶とハート型のクッキー

第1話 芦原美南①

 ――――いつか自分に、愛しい人ができるのかな、愛されるときがくるのかな、と考えることがある。


 その考えは朝起きたときの空っぽの頭に芽生えることが多くて、ぼんやり悩んでいると少しだけ怖くなってしまう。

 そんなときは、お布団の中から出て、リビングに行って温かなコーヒーを飲むようにしている。

 そうすると、身体がぽかぽかと温まって、段々と頭の中がすっきりとしていって。


 そうして、これから始まる一日を頑張っていこうと思えるのだ――――


 *・*・


 陽が沈んで、空にまだほのかなオレンジ色が残っている頃。

 微糖のコーヒーに口を付けながら仕事からの帰り道を歩いていたわたしは、肩に下げた鞄から淡く音楽が聴こえることに気付いた。

 携帯の着信音だとわかって、いそいそと鞄に手を突っ込む。

 画面に表示されているのは、「ユリハ」という文字。高校時代の親友、近衛百合葉このえゆりはさんからの着信のようだった。

 わたしは携帯を操作して、通話を始める。


「……もしもし、百合葉さん?」

『やっほー美南みなみ! 元気してるー?』


 聴こえてきたのは、快活さに溢れていて、それでいて優しさの滲んだ声。

 まだ高校を卒業してから三ヶ月ほどしか経っていないというのに、社会人になってから会っていなくて、電話で声を聞くのも久しぶりだからか、どうしようもなく懐かしくて、嬉しくなってしまう。


「勿論元気してるよ〜。百合葉さんはどう? 大学、楽しい?」

『もち! クラスもサークルもおもろい人ばっかで最高よ! まあ強いて言えば期末テストがちょっと不安だけど、あたしならどーにかなるでしょ!』

「ふふっ、それならよかった」


 百合葉さんはいつも前向きだ。

 わたしはどちらかと言うと後ろ向きな思考なので、彼女のこういうところには憧れるし、話していると元気を貰える。

 仲良くなれてよかったなあ、としみじみ思う。


『そういう美南はどうなの? 仕事、順調?』

「ん〜、そうだねえ。まだ覚えることが多くて大変だけれど、皆優しい人ばかりで、すごくありがたいなあって思う。早く皆の役に立てるように、精一杯頑張りたいな」


 職場のことを思い出しながら、わたしはそう返答する。

 けれど、百合葉さんから少しの間言葉が返ってこない。

 何かまずいことを言ってしまったかな――そう思って、わたしが自分の発言を振り返りかけたとき。


『もう……相変わらず美南、良い子すぎなんだがっ!』


 百合葉さんのとても大きな声が聞こえてきて、思わず携帯をちょっとだけ耳から遠ざけた。


「え……良い子? そ、そうかなあ……? 百合葉さんがよくそう言ってくれるのは、勿論嬉しいけれどさ」

『いやめちゃめちゃ良い子だからあんた! だって仕事始めて三ヶ月くらいって、まあ色々不満とか出てくる時期な気がするもん、現にあたしも春から始めたバイトダルくなってきてるし! それなのに美南はありがたいとか頑張りたいって……菩薩かっ! 菩薩だなさては!?』

「ぼ、菩薩だなんて恐れ多いよ〜! いやでも、わたしだって、黒い考えをするときくらい、あるんだよ……?」

『えなになに? 美南の黒い考え聞きたすぎるんだが』


 百合葉さんのわくわくとした声音に、わたしは少しばかり「悪い顔」を浮かべることを意識しながら告げる。



「猫カフェでねこさんが全然近付いてきてくれないとき、ねこさんの大好きなおやつを自分の全身にくっつけてしまおうか――とかね」



 また、何も言わない百合葉さん。

 きっと、わたしの「黒い考え」に慄いているのだろう……そう思って、得意げに頷いた。


『いやっ……全く黒くねえ!』

「あ、あれれっ!?」


 返ってきた答えに、思わず目を見張った。


『黒い考えというか、なんか変な考えだわ! やっぱ美南、天然だよね!? 紛うことなき天然だね!?』

「そ、そんなことないよ〜!」

『いやガチの天然は皆そう言うから』

「うう……百合葉さん、わたしの言葉を信じてほしいな!」

『ごめん無理』

「即答されたよ〜!」


 がっくり、と肩を落とすわたし。

 百合葉さんの『あー、やっぱ美南最高だわ……』という言葉が聞こえてきたけれど、全く喜べない。最高認定よりも、ノット天然認定が欲しいです、わたしは。


『あ、そーだ、本題忘れてた本題!』

「本題…………?」


 首を傾げたわたしに、百合葉さんは「そーそー」と笑う。


『美南、全ルートプレイし終わったって言ってたでしょ? 例のやつ』


「例のやつ」という言葉が何を指しているかは、すぐにわかった。



 ――――『菓子屋ユキルルーアの恋物語』。



 百合葉さんがわたしにおすすめしてくれた、とある乙女ゲームだ。

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