第2話 芦原美南②

 わたしは左手でVサインをつくりながら、微笑う。


「うん、そうだよ〜。しっかりクリアしました!」

『おーしよくやった! で、どうだった?』


 そう聞かれ、わたしは『菓子屋ユキルルーアの恋物語』のことを考え始める。


 舞台は、地球とは遠く離れたどこかの異世界。雰囲気は、どことなく西洋の感じに似ていた。

 主人公のユキミさん(デフォルトの名前で、変更可能。わたしは自分の本名を使うのが少し気恥ずかしかったので、この名前でプレイした)は、王族でも貴族でもない平民出身で、きれいな銀色の長髪と真っ青の瞳が印象的な女の子だ。

 ユキミさんは、タイトルにもある「菓子屋ユキルルーア」の一人娘。そして彼女は何と、お菓子作りの天才なのだ……!

 そんなユキミさんと、個性豊かなヒーローたちとの恋愛を楽しむことができるというのが、『菓子屋ユキルルーアの恋物語』のあらましだ。


 わたしはプレイしたゲームの内容を思い出しながら、ゆっくりと語っていく。


「うーんと、まず、『ヒーロー全員超甘党』っていう設定が面白いなあって思った。……あ、でも、もしかして、世の中にある乙女ゲームって全部そういう設定なのかな? 初めてだから知らなかったけれどさ」

『んな訳ないでしょ! ブラックコーヒー飲みまくってるヒーローも辛いもの好きなヒーローも他作品にはいるからね!? 変な勘違いやめようね!?』

「あ、そっかそっか、それならよかったよ〜。それと、キャラクターの髪色がカラフルなのも見ていて楽しかったなあ。わたしも髪、緑とかにしてみようかな……!」

『大学生ならまだしも会社勤めでそれはまずいと思うぞ! ……てゆーか美南、さっきからぼやっとした感想ばっかじゃない!? あたしが聞きたいのは、「どのヒーローが刺さったか」とかなんだが!』

「ふむふむ……」


 わたしは顎に手を添えて、百合葉さんからのリクエストに答えようと思考を巡らせ始める。


 ――一分ほど沈黙してから、口を開いた。


「一体、誰が刺さったんだろうね…………」

『いやあんたにわからないならあたしにもわからん! えっ、てか待って、一人も推しできなかったの!?』

「いやいや、推しはできましたよ〜」

『できてたんかい! 早くそいつの名前を言えっ!』

「なんと――主人公のユキミさん!」

『女じゃねえか!』


 百合葉さんのツッコみを聞きながら、わたしはひとり頷いた。

 ユキミさん……とても、可愛かった。

 見た目も素敵だし、誰にでも敬語口調なのがきゅんとくるし、時折選択肢に面白い発言が混ざっていてくすりとさせてくれる。

 本当に……可愛かった。


『ユキミ以外には誰かいない訳? ぐっときたキャラ』

「そうだねえ……あっ、あのキャラ!」

『おっ、どのキャラどのキャラ?』

「悪役令嬢の、サクレーミュさん!」

『またしても女じゃねえか!』


 百合葉さんのツッコみが、豪快に響く。


「だ、だって……面白くてさ。どのルートでも登場してそのルートのヒーローに恋しちゃうし、ヒーローをも凌ぐ激甘党でお菓子の話ばっかりしてるし、嫌がらせの内容も突飛で一周回ってギャグだし、クリア後には多種多様な没落がさらっと描かれるし……あと、おじいちゃん執事ヌールゼンさんとの絡みがよかったな……」

『ようやく美南から出てきた男キャラの名前がよりにもよってヌールゼンかよー……』


 電話の向こうでがっくりと肩を落としていそうな百合葉さんが、頭の中で想像できた。

 わたしは少し申し訳なくなってきて、「ごめんね」と言う。


「多分、『恋愛がよくわからないから、わかるようになりたい』ってわたしが前言ったから、百合葉さんはこのゲームをおすすめしてくれたんだよね? それなのに、推しヒーローができず、わたしも無念です……」

『ああいやごめんごめん、全然気にしないでいーよ! ほら、あたしも、自分の趣味を美南に布教したかったとこあるし! だから、「かしるる」の話をあんたとできてるだけで、大満足だからさ!』

「うう、ありがとうね、百合葉さん……」


 優しい百合葉さんの言葉に、思わず笑顔が零れてしまう。

 でも……やっぱり、少しくらいは進歩があったことを、百合葉さんに伝えたくて。

 わたしは頑張って、頭の中で答えを探して――――


 ――――ふと、気付けたことがあった。


「あ、ゆ、百合葉さんっ……!」

『ん、なになに、急に大きな声出して。どーかした?』

「その、わたしさっき、ユキミさんが推し、って言ったじゃない?」

『うん、聞いた聞いた。それで?』

「確かに、ユキミさんみたいな女の子が素敵だなあって思うんだけれど、って」

『……えーと、つまり?』

「つまり、ね……!」


 わたしは、その"気付き"を、口にしようとする。



 ――――それとほぼ、同時だった。



 青信号のはずの道路なのに、耳元でとても大きな、大きな音がして。

 音のした方を反射的に見たわたしの視界にあったのは、



 目の前に迫った、

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