第11話 ユキミ④

 ――――それから、数日が経過して。


 ユキミさんが突然、テラントディール侯爵家にやってきた。


 *・*・


 玄関の扉を開けると、そこにはユキミさんがいた。

 いつもとは違って、前髪の一部が編まれている。か、可愛い……。

 しかも、着ている服もいつもより何だかおしゃれな気がする。シャツにはきれいなレースが付いていて、ズボンには刺繍があしらわれている。す、素敵だ……。


 わたしの隣に立っていたヌールゼンさんが、ユキミさんへと笑い掛ける。


「ユキミ様、こんにちは。急なご来訪に驚いてしまいましたが、それ以上に爺はとても嬉しいです。どのようなご用事でしょうか?」

「えっと…………その…………ぬうう…………」


 珍しく、ユキミさんの歯切れが悪い。

 わたしが首を傾げていると、ユキミさんと目が合った。

 彼女はすぐにわたしから視線を逸らしてしまう。き、嫌われた……!?


「……もしかして、お嬢様にご用事でしょうか?」

「なっ、何でわか……わかさがユキミのとりえです」

「ふふ、そうしたら立ち話も何ですし、取り敢えず上がられてください」


 ヌールゼンさんの言葉に、ユキミさんはこくりと頷いた。

 わたしに、用事……?

 一体、何だろうか……。


 *・*・


 すごい広さのリビングで、わたしとユキミさんはテーブルを挟んで座っている。

 ヌールゼンさんが、二杯の紅茶をことりと置いてくれた。湯気が立っていて、温かそうだ。


「それでは、爺は少し用事を済ませてきますね。どうぞごゆるりと」


 そう言い残して、ヌールゼンさんが離れていく。

 やがてリビングの扉が閉まり、ここにいるのはわたしとユキミさんだけとなった。

 ユキミさんは俯いていて、表情がよくわからない。

 何か声を掛けようと思って、口を開く。


「わざわざここまで来てくれて、ありがとう。遠くなかった?」

「…………ユキミのきゃくりょくは、大したものです」

「ふふっ、そうなんだ。すごいね」


 わたしの言葉に、ユキミさんは一瞬顔を上げる。

 でもまたすぐに、俯いてしまった。

 やっぱり、嫌われてしまったのだろうか……。

 以前何か気に障ることをしてしまったかと思い、わたしが思考を巡らせかけたとき。


「あっ、あのっ!」


 ユキミさんの大きな声が耳に届いた。

 びっくりして、わたしは目を丸くする。

 そんなわたしへと、ユキミさんは鞄から何かを取り出して、ずいと突き出した。


「サクレーミュに、クッキー、やきました!」

「えっ……!? ほ、ほんとに!?」


 ユキミさんは、こくりと頷いた。

 わたしは、ユキミさんから差し出された袋を丁寧に受け取る。

 そこには、きつね色に焼き上がった美味しそうなクッキーが幾つも入っていた。

 しかも、全部ハートの形だ。可愛い……!


「わあ、嬉しい、ありがとう! 食べてみてもいい?」


 ユキミさんがまた、頷く。

 わたしは袋のリボンを解いて、クッキーを一つ掴んで食べてみた。


「す……すっごく、美味しい! 甘くて、さくさくだ〜!」

「……ほ、本当ですか?」

「うん、勿論!」

「好ましいあじわいですか?」

「うんうん、好ましすぎるよ〜!」


 思わず笑顔が溢れてしまう美味しさだ。

 わたしは一つ、また一つとクッキーを食べ進めていく。

 あっという間に、袋は空になってしまった。

 紅茶を飲んで、一息つく。


「美味しかった……ユキミさん、どうもありがとう! わたし、すっごく幸せだよ〜」

「それはよかったです……あ、あの、サクレーミュ!」

「ん、どうかしたの?」

「きょ、今日は、サクレーミュにつたえたいことが、あるんです……」

「わたしに、伝えたいこと……?」


 一体何だろうか。

 ……もしかしてわたし、寝癖とか付いていたかな!?

 そう思って、わたしが自分の髪を手で整え始めたとき。

 ユキミさんが、叫んだ。



「ユ……ユキミの、こいびとになってくださいっ!」



 わたしの手が、ぴたりと止まる。

 目の前のユキミさんは、耳まで真っ赤にしながら目を伏せている。

 …………こいびと。

 …………恋人!?


「えっ、えええっ!? な、何で……!?」

「……サクレーミュが、好きだからです。言わせないで、ください……」


 ぼそぼそと言うユキミさんの前で、わたしの頭の中は大混乱だ。


「いっ、いやいや、そんな、だって、わたしたち、女の子同士だよ!? あ、勿論そういうのに偏見とかはないけれど、ちょっといきなりすぎて、びっくりというか……!」


 わたしの言葉に、ユキミさんはぱちぱちと瞬きをする。


「女の子、どうし…………?」

「うっ、うん。あ、わたし、気付いていなかったかもだけれど、女の子なんです! 実は!」

「……そんなの、丸わかりです」

「だ、だよね! ほら、だとしたら、女の子同士でしょ?」


 ユキミさんは、呆然としたような表情を浮かべてから。

 ぷくっと頬を膨らませた。



「――――ユキミは、男です!」



 告げられた言葉を、わたしは頭の中で繰り返して。

 それから、ばっと立ち上がった。



「えっ、えええ、ええっ、ええええええええええええええ〜!?」



 テラントディール侯爵家に、わたしの驚愕の声が響き渡った――――



【第1章 コーヒの記憶とハート型のクッキー fin.】

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