第13話 菓子屋ユキルルーア
わたしの仕事先。
それは――菓子屋ユキルルーアだ。
*・*・
かららん、と扉が開かれた音がする。
見れば、家族連れだと思われる三人のお客さんがいらっしゃったところだった。
「いらっしゃいませー!」
わたしは笑顔で、お客さんにそんな声を掛ける。
小さな会釈が返ってきて、ほんのり心が温まった。
「パパ、ママー! ぼく、カヌレたべたい!」
「お、いいな! そうしたら、おじいちゃんとおばあちゃんへの手土産の他に、カヌレも買って行こうか」
「やったあ!」
「手土産は何がいいかしら……あ、この、マドレーヌの詰め合わせなんてどう?」
「さんせいー!」
「いいんじゃないか! そうしたら、これと、これと……」
微笑ましいやり取りを聞きながら、わたしはカウンターにて、今日売れたお菓子の種類を紙に落とし込んでいく。
やっぱり、ケーキが人気だ。確かにユキルルーアのお菓子はどれも美味しいけれど、一番種類が豊富なのはケーキだし、お祝い事にも重宝されている節がある。
ああ、わたしも、食べたいなあ……
……いけない、いけない。つい、よだれが出てきてしまうところだった。
そんなことを考えていると、家族連れのお客さんがマドレーヌの詰め合わせとラッピングされたカヌレを持って、カウンターまでやってきてくれる。
「ありがとうございます! こちら、合わせて、120フェンとなります」
「えっと……150フェンから、お願いできますか?」
「かしこまりました! 30フェンのお釣りになります」
お母さんにお釣りを手渡すと、「ありがとうございます」と笑いかけてくれた。
こういう風に、お客さんの笑顔を見ることができるのは、接客のお仕事の幸せなポイントだと思う。
楽しそうに話しながら去っていくお客さんに、わたしは「ありがとうございましたー!」と告げる。
扉が閉じられて、また店内にかららんという音が響いた。
このお店で働き出してからもうすぐ一年、段々と接客にも慣れてきた。
最初の頃はかなり緊張してしまって、色々ミスもしてしまって申し訳なかったけれど、今となっては懐かしい思い出かもしれない。
「サクレーミュさん!」
声を掛けられて、振り向いた。
そこには、ルルさんが立っている。
銀色の長髪はポニーテールに纏められていて、今日もとても似合っていた。
「こんにちは、ルルさん! 何かありましたか?」
「もう三時間も立ちっぱなしでしょう? 少し、休憩を取ったらどうかと思ったんです」
「い、いいんですか? そうしたら、お言葉に甘えて……!」
「はーい、よく休んでくださいね!」
わたしはルルさんへぺこりと頭を下げて、お店の奥に設けられている休憩室へと向かった。
*・*・
「ふう…………」
休憩室にてお水を飲みながら、わたしは一息つく。
それにしても、菓子屋ユキルルーアは……というか、この世界自体……すごく、ホワイトなお仕事が多い。
基本的に一週間のうち三日間が休みだし、お仕事のある四日間も、日本と比べると労働時間は少なめだと思う。しかも、それで生きていくには充分すぎるくらいのお金を頂くことができる。ありがたすぎる話だ……!
「改めて考えると、不思議だよね……もしかして、ゲームをつくった人の理想だったりするのかな……?」
そうひとりごちながら、頬杖をついたとき。
とんとんとん、と休憩室の扉がノックされる。
叩き方の癖で、わたしはこれから誰がやって来るかを察した。
「はーい!」
そう返答すると、扉がそっと開く。
そこに立っていたのは、ユキミさんだった。
さっき会ったときとは違って、パティシエの制服に身を包んでいる。真っ青なスカーフがよく似合っていた。
わたしの向かいの椅子に座った彼へ、話し掛ける。
「何だか、ユキミさんとは休憩が一緒になることが多いねえ」
「サクと一緒の時間に休めるよう調整しているんです」
「そ、そうだったの〜!?」
「言ったでしょう。サクとは毎瞬間、一緒にいたいんですよ」
射抜かれてしまいそうな、ユキミさんの真っ直ぐな視線に。
わたしは少しだけ、目を逸らした。
「それで、サク。先程の話の続きですが……いつになったら貴女は、俺のものになってくれるんでしょうか」
「話が戻ってきた!」
「サク……俺と結婚すれば、極上のスイーツ食べ放題ですよ?」
「も、ものすごい魅力的だ……!」
「サクのお望みとあらば、朝昼夕、それから三時のおやつまで、貴女の食べたいスイーツをつくります」
「ご、ごくり……! ごくりだけれど、栄養素の偏りがすごい……!」
「美味しそうにスイーツを食べるサクを、ずっと側で眺めていたいです。そんな可愛らしいサクの姿を毎回写真に撮って、新居をサクの写真立てで埋め尽くしたいです」
「インテリアの偏りも、すごい……!」
目を見張ったわたしに、ユキミさんは淡く笑う。
優しい目元に、何だかどきりとしてしまった。
「どうですか、サク。貴女のことを、絶対に幸せにしますから。だから、俺と添い遂げてくれませんか……?」
真っ青の瞳に、恋慕の感情を溶かしながら。
彼はそうやって、言う。
思わず、言葉が零れた。
「…………だって、」
……だめだ。
零れかけの残りの言葉を飲み込んで、わたしは立ち上がる。
「……ごめん。休憩、そろそろ終わりなんだ!」
「サク、待ってください、何か言いかけたような」
「何でもないんだ! ごめんね……!」
――――どうしてこんなにも、嘘つきで、弱虫なのだろうか。
心の中で自分を罵りながら、ユキミさんに背中を向けた。
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