第14話 サクレーミュの思い

「ただいまあ…………」


 仕事を終えたわたしは、テラントディール侯爵家に帰ってきた。


「おかえりなさい、お嬢様!」

「ただいまです……」

「お疲れ様です、お嬢様ー」

「ありがとです……」


 住み込みのメイドさんたちに挨拶しながら、わたしはのろのろと自室を目指す。

 階段を昇ったところで、ヌールゼンさんに出くわした。


「おや……お嬢様。おかえりなさい。お仕事はいかがでしたか?」

「ただいま、ヌールゼンさん。結構疲れたな……」

「あらあら、それは大変というものです。お嬢様がお仕事熱心なのはとても素晴らしいことだと爺は思っておりますが、辛いことなどございましたら遠慮なくご相談くださいね」


 優しい眼差しのヌールゼンさんの言葉に、つい甘えたくなってしまう。

 けれどわたしは、どうにかそれを堪えて、代わりに感謝の気持ちを伝えることにした。


「ありがとう、ヌールゼンさん……」

「いえいえ、お気になさらないでください。……それと、お嬢様にまた幾つか縁談の話がございますが……お嬢様のお気持ちは、以前とお変わりありませんか?」

「……うん。結婚とかは、まだ考えられないんだ。折角のお話なのにごめんね、ヌールゼンさん」

「いえいえ、とんでもありません。爺は、お嬢様のお気持ちが第一だと思っておりますから。勿論それは、お嬢様のご両親も同じですよ」

「……それなら、よかった」

「ふふ、ご安心頂けて何よりです。ともかく、ごゆっくりお休みくださいね」

「うん……いつもありがとう」


 わたしはヌールゼンさんへと手を振る。

 彼が手を振り返してくれたのを見届けてから、わたしは自室の方へと再び歩き出した。


 *・*・


「はああぁ〜」


 わたしは息を漏らしながら、自室のベッドにもたれこむ。

 枕をぎゅっと抱きしめると、今日あった出来事がどんどん脳裏に蘇る。

 それは全て――ユキミさんとの、やり取りで。

 わたしは枕に顔を埋めて、足をじたばたと動かしながら叫んだ。



「ううううう…………! ユキミさんのことが、好きすぎるっ…………!」



 そう口にしたら、ユキミさんが今日言ってくれた数々の言葉の記憶が溢れ出した。


『普段の笑顔のサクも可愛いですが、そういう悩ましげな表情も可愛いです……あ、勿論、真剣な表情も、驚いている表情も、寂しげな表情も、悲しんでいる表情も、怒っている表情も、全て可愛いですよ?』

『――――サク。いつになったら貴女は、俺のものになってくれるんですか……?』

『言ったでしょう。サクとは毎瞬間、一緒にいたいんですよ』

『どうですか、サク。貴女のことを、絶対に幸せにしますから。だから、俺と添い遂げてくれませんか……?』


「うっ、うにゃああ、うにゃあああああああああああっ!」


 わたしは、より一層足をばたばたさせる。

 思い出すだけで、心臓がどきどきしてしまって堪らない。多分わたしの顔は、今真っ赤になってしまっていると思う。

 ……前世では、全く恋愛感情がわからなかったのに。

 今なら、よくわかる。

 わたしは、ユキミさんのことを、好きになってしまった。


 時間が経つにつれて、少しずつ心は落ち着きを取り戻してきて――それと一緒に、悲しい気持ちに浸されていく。


「…………わたしだって、添い遂げられるなら、あなたと添い遂げたいよ」


 できることならば、その思いを、ユキミさんに伝えたかった。

 ……でも、そうすることはできない、大きな理由があった。


 ユキミさんが異性だと知ったあの日から、わたしはこの世界がどういう世界なのかを、考え続けてきた。

 殆どが『菓子屋ユキルルーアの恋物語』の世界と酷似しているのに、ユキミさんの性別だけが原作とは異なっている。


 ――――だから恐らく、ここは『菓子屋ユキルルーアの恋物語』の"二次創作"の世界なのだと思う。


 誰がつくり出した二次創作なのかは、全くわからないけれど。

 ユキミさんの性別を変更したということは、そこに大きな意味があるはずで。


 ……わたしが辿り着いた結論は、ここが『菓子屋ユキルルーアの恋物語』のBLの世界なのではないか、ということ。


 要は、男性のユキミさんと、様々なヒーローたちの恋愛が描かれる二次創作だと思うのだ。


「うううう……ユキミさんが、イケメンに取られちゃう……」


 わたしは、頭を抱えた。

 わたしとユキミさんは現在十八歳で、そろそろ町のお祭りである「花雹祭かひょうさい」が始まろうとしている。

 原作でも、最初のイベントはユキミさんが十八歳の頃の花雹祭だから、そろそろ彼がヒーローたちと出会い始めてしまう頃だ。


 できることならば、阻止したい。

 ユキミさんの隣には、自分がいたい。


 …………でも。

 サクレーミュ=テラントディールは、"悪役令嬢"なのだ。


 ルートとして定められたユキミさんの恋愛を邪魔してしまえば、わたしは破滅してしまう。

 そうなれば、もう、ユキミさんと友人でいることすら叶わない。

 それは絶対に、嫌だった。


「…………応援、しなきゃ。わたしの気持ちは、隠したままで……」


 言葉にすると、苦しくて堪らなかったけれど。

 わたしは目を閉じながら、いつものように決意を固めた。

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