落ちこぼれの武士、戦神(かみ)の力を得て、人間(ひと)の敵を討ち果たさん
読み方は自由
妖狐篇
序章 現われし天才
第0話 落ちこぼれの武士(※主人公、一人称)
武に生まれ、武に滅びる。それが俺達、武士の本分。元々は下級貴族の一つだった貴族達が、上級貴族の護衛役として、その身分に「武士」を作ったのが始まり。彼等は天皇家の内裏をはじめ、貴族の館などを守って、彼等に「野蛮な貴族」と呼ばれながらも、その大事なお役目、自身の勤めを果たしていた。
俺の生まれた家、「
父との稽古では、常に負ける。刀を持っても、槍を握っても、弓を射っても、その成果がぜんぜん得られない。相手の木刀に打たれ、槍に叩かれ、矢を弾かれた。挙げ句の果てには、腹違いの弟にすら負ける始末。俺は弟の剣に負ける度、自分の剣を握っては、悔しい気持ちで弟の顔を見上げた。「くそっ」
弟は、その声を嘲笑った。たった半年しか違わないくせに。その目、その口、その態度で「自分は、上だ」と訴えていた。弟は俺との勝負に勝つと、両親の所に行って、我が父に「今日も勝ちました」と伝えた。「アイツはやっぱり、ダメです。いくらやっても、変わらない。アイツは、我が一族の面汚しです」
父は、その言葉に喜んだ。普通の棟梁は、家の嫡子を「第一」と考えるのに。自身も三男坊である父は、生まれの優位よりも強さの優位を重んじていた。「武士たる者、強くなければならない」と、そんな風に考えていたのである。武家の棟梁は、文武両道。「武」にも、「文」にも、秀でていなければならない。
だから、それらを満たしていた弟は、父にとって最高の継承者だった。父は弟の頭を撫でると、今度は息子の背中を叩いて、俺の居る方を指差した。俺の意識が残っているので、「それを消してこい」との事らしい。「アイツには、虫唾が走る。我が一族の恥、落ちこぼれの武者。あの愚息に注がれた時間をお前に使えたら……」
弟は、その続きを遮った。父の気持ちを察する中で、俺への優越感を覚えたようである。弟は父の背中を撫でると、今度は俺の所に戻って、その手に木刀を持ちなおした。「まったく、親不孝な兄貴だよ。自分の父親を悲しませて。これじゃ、天の母も浮かばれないな」
俺は、その言葉に殺気立った。特に「天の母」の部分、これには理性を忘れてしまった。俺を生んだ母親は、流行病で死んでいたからである。弟は「それ」を知って、俺の精神を煽ったのだ。それが俺の、「母の存在を貶せる」と知って、その精神を揺さぶったのである。俺はそんな根性、平気で他人を見下せる相手に苛立って、自分の木刀をまた握りしめた。「くそっ!」
くそっ、くそっ、くそっ! 「お前なんか、お前なんか!」
死んでしまえ。そう叫んだ瞬間に殴られた。俺の振り上げた木刀を弾いた弟が、その肩に一太刀入れたのである。弟は隙だらけになった俺の鳩尾を狙って、そこに木刀を打ち込んだ。「うるさいな、さっさとくたばれ」
俺は、その声を聞きながした。それに言いかえそうとした瞬間、目の前の視界が「ストン」と落ちたからである。俺は腹の痛みと、負けの屈辱に震える中で、その意識を失ってしまった。「ちく、しょう」
そう呟いた次の日、庭の隅で目を覚ました。頭の奥がまだ痛かったが、とりあえずは立てる。家の家族や奉公人達に笑われる中で、朝ご飯も食べられた。俺は腹の満腹感に心を落ちつけたが、気持ちの方はやっぱり晴れず、弟の誘いにも「分かった」とうなずいて、奴との稽古に励みはじめた。
そんな日々に変化が訪れたのは……忘れもしない、夜の都が真っ赤に染まった時だった。建物が焼ける匂い、人々の逃げ惑う声。俺の屋敷に仕えていた奉公人達も、外の惨事を見るやいなや、自身の勤めを忘れて、屋敷の前から一目散に逃げてしまった。
俺は、その光景に呆然とした。彼等の事は、責められない。こんな光景を見たら、誰でも正気を失う。父や弟のような思考は、持てない。二人は必要な道具だけを持って、天皇の内裏に向かった。
天皇の内裏も、燃えていた。最初の場所は分からないが、風の助けも相まって、その火がすぐに広がったらしい。内裏の中から逃げてきたらしい天皇も、自身の側近達に守られて、都からの脱出を図っていた。
俺は、その姿に「ホッ」とした。
彼女のために生き、彼女のために死ぬ。国の現人神に仕える事は、(武士として)最高の誉れだった。俺はそんな名誉に揺れうごいたが、父や弟にも「御上を守れ!」と命じたので、その命に危機感を覚えた。風氏の嫡男たる俺が、弟に遅れを取るのは不味い。俺は逃げ惑う人々の隙間を縫って、天皇の前に走りよったが……。
突然現われた影、それに重なった突風。それらは人々の足を止め、体を飛ばし、恐怖を煽った。俺も「それ」に負けて、突風の正体に目をやった。突風の正体は、獣。「虎」と「獅子」を混ぜたような、不気味極まりない生き物だった。生き物は人々の姿を見渡すと、その鋭い牙を光らせて、近くの獲物から順に「グオンッ」と襲いかかった。
俺は、その姿に息を飲んだ。「知識」として獣の怖さは知っていたが、この強さはあまりに異常である。丸腰の人間ならまだしも、甲冑姿の武者ですら一撃で倒されていた。俺は、その姿に足がすくんだ。人間との戦いでは見られない、本物の殺戮を見たからである。俺の後ろ当たりに立っていた弟も、その光景に「あ、ああっ」と震えていた。「くっ!」
俺は、弟の肩を掴んだ。武芸に秀でたコイツでも、あの化け物は倒せない。相手の背中に迫った瞬間、その牙に狩られるのがオチだった。どうせ狩られるなら、有能な弟よりも、俺の方が良い。「一族の面汚し」と呼ばれた、俺の方が。俺は自分の後ろに弟を押して、彼に「お前は、引け!」と命じた。
「こんなところで、死んでは」
「黙れ!」
なに?
「僕があんな奴に殺されるか!」
弟は俺の手を振り解いて、化け物の所に走った。「お前の忠告など聞かない」と言う顔で。弟は腰の鞘から太刀を抜くと、化け物の背中に向かって、その太刀を振りおろした。
だが……くっ、不味い。弟の剣も速いが、相手の殺気はそれ以上に速かった。「キラリ」と光る、化け物の爪。化け物は背後の弟を無視したまま、自分の正面に居る相手、つまりは天皇の一団に襲いかかった。「ぐぅおおおおっ!」
天皇の一団は、その声に怯えた。精鋭中の精鋭が「守っている」とは言え、その声はやはり怖いのだろう。普段は逃げない荒武者達が、一人、また一人と逃げだしてしまった。その光景に「あ、あっ」と怯える、天皇。天皇は自分の護衛が居なくなった事で、その正気をすっかり失ってしまった。「い、いや、来ないで! いや!」
化け物は、それを無視した。「人語が分かる」とは思えないし、それを「聞きいれる」とも思えない。自分の本能に従って、目の前の獲物を倒すだけだった。化け物は自慢の腕を振り上げて、天皇の頭に「それ」を振り下ろしたが……。
それを眺めているわけには、行かない。俺の命がどうなろうと、彼女の命だけは守らなければならなかった。俺は「勝つ事」よりも「守る事」を考えて、化け物と天皇の間に入り、彼女の体を押して、その爪から彼女を守った。「逃げて!」
敬語を忘れた。それ程に必死だった。彼女の命を救うために。あらゆる敬意、あらゆる美辞を捨ててしまった。「貴女は、この国に必要な人だ!」
そう叫んだ瞬間に「クラッ」とした。感情の麻薬を破って、現実の痛みが襲ってきたらしい。胸の中から溢れる血潮が、俺の頭を「ボウッ」とさせた。俺は腹の痛みに悶える中で、それを眺める弟の姿、そして、ここから逃げる天皇の背中を見つづけた。「そうだ、そのまま」
走って……。俺は段々と消える世界の音を聞きながら、生涯最後の偉業、武士の誉れに「ざまぁみろ」と笑った。「俺だって、役に……」
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