第四章 それぞれの野望

第1話 幕府、構想(※三人称)

 かわいい子には旅をさせよ。そう言う言葉があるが、守屋は「それ」を許さなかった。可愛い子は自分の手元に置きたいし、必要な時に必要なだけ使いたい。そうする事で、「自分の子どもが壊れた」としても。自分の心、特に家の名を上げるためには、「そう言う考えも必要」と思っていた。


 「家」よりも「個」を重んじる人間は、どんな悪人よりも悪い。「公」を重んじない人間は、どんな人間よりも卑劣である。そう思っていたが……「世の中」と言うのは、面白い。彼がどんなに偉くなっても、それに歯向かう者が現われる。彼の考えに意見をぶつけるような、そんな者が必ず現われた。

 

 守屋は不機嫌な顔で、息子の主張を聞いた。「自分も、自分の軍を作りたい」と、そんな主張に「イラッ」としたのである。彼は息子の主張、「自分は、兄とは違う道で戦いたい」と言う主張に「ダメだ!」と怒鳴った。「お前がいなくなれば、誰が風氏を受け継ぐ? 武家の棟梁たる、風氏を? お前には、それを受け継ぐ義務があるんだ!」

 

 正順は、その意見に目を細めた。父の意見は尤もだが、それを受け入れるわけには行かない。自分の兄、あの愚兄を超えるためには、自分の意見を貫かなければならなかった。正順は真剣な顔で、父の意見を否めた。


「確かにそうかも知れません。風氏の血を守る意味では、父上の意見は尤もです。己が欲よりも、家の利益を守る事。『武家の棟梁』とは、『それを守れる人間だ』と思う。しかし」


「な、なんだ?」


「それでも、犬には変わりない。朝廷のため、御上のために励んでも、国の犬である事には変わりないんです。僕達が貴族の私兵である以上は、その事実から逃れられない。僕達はどんなに励んでも、国の駒には違いないんです」


 守屋は、今の言葉に眉を上げた。普段は(「どちらか」と言うと)冷静な正順がここまで荒ぶっている事に妙な違和感を覚えたらしい。


「正順」


「はい?」


?」


 正順は、その言葉に「ニヤリ」とした。まるでそう、今の言葉を待っていたように。「、ですよ? 朝廷の下に居ながら、朝廷とは離れた所にある。僕は、その礎を作りたい」


 守屋は、その言葉に固まった。言葉の意味もそうだが、「バクフ」と言う物に意表を突かれたからである。武士が朝廷から離れるなど、ましてや新しい体制(と思われる)を作るなど、古い考えの守屋には、まったく解らなかった。守屋は不安な顔で、息子の顔を見返した。「『幕府』と言うのは、なんだ?」


 それを聞いた正順はまた、嬉しそうに笑った。その質問も、待っていたように。「武士の朝廷、ですよ? 武士の棟梁、つまりは僕達が幕府の頂きに立って、国の政治を回す。御上や貴族達とは違った、武士達の政治を行うんです。僕達がすべての決まりを作って、全国の諸侯、御家人達を従わせる。僕は朝廷よりも国に近い場所を作って、そこから国を配したいんです」


 守屋はまた、息子の言葉に固まった。息子がこんな事を考えていた事に。息子は今までの慣習を捨てて、まったく新しい道を進もうとしていた。守屋はそんな野心を感じて、自分の手元に目を落とした。


 息子の夢に比べて、自分は一体何をしているのだろう? いつまでも古い考えに捕らわれて。一族の繁栄を願いながら、その実は朝廷に媚びる、ただの犬だった。彼はそんな自分が許せなくて、自分の太ももを叩いた。「情けない」

 

 そしてまた、「情けない」と言った。「お前に未来を託していながら、俺自身は何も考えていなかった。御上や貴族に媚びる事だけを考えて。俺は、武士が武士たる由縁を忘れていた」


 守屋は自分の頭を掻いて、息子の目を見つめた。息子の目は、彼の目を見返している。「やってみろ。それが我等の、風氏の繁栄に繋がるなら? 己が夢を信じて、自分の道を進んでみろ」


 正順は、その返事に「ニヤリ」とした。最初は、「断られる」と思ったが。武士の台頭を示す事で、すぐに「分かった」とうなずいてくれた。正順は父の短慮に呆れたものの、それが交渉の出しに使えたので、気持ちの中では「しめしめ」と思った。「敵には、討たれません。僕も武士の一人なので、『負け』が明らかな時は腹を切ります」


 そう言って、父の顔を見た。父の顔は、今の言葉にも喜んでいる。「うむ、それでこそ武士だ!」


 正順はその返事にも笑ったが、父には「それ」を見せなかった。父は、そう言うのを一番に嫌う。「旅の準備は、追々。都の奴らには知られたくないので、『夜明け前には出てきたい』と思います。南門の連中には、言ってありますので。僕は各地を回って、自分に、幕府に従う御家人を集めたいと思います」


 守屋は、その言葉に顔を顰めた。御家人を集めるのは良いが、それは少し目立つような気がする。「風氏の次男が御家人を集めている」となれば、朝廷はもちろん、朝廷派の武士も黙っていないだろう。忠誠心が強い者なら、朝廷に告げ口するかも知れない。そうなれば、息子の計画も終わってしまう。「幕府を作る」と言う、武士の勃興ぼっこうが。


「正順」


「はい?」


「しくじるなよ? お前のそれは、火縄の上を歩くような物だ。少しの油断が、大火傷になる」


「分かっています」


 そう、応えた。間髪を入れずに。「朝廷は三年間、妖狐の侵略を許していた。官軍の将も失って、巣の中に籠もっていたんです。守りに入った連中を守ってはいられない。何かの奇跡で妖狐を倒せたとしても、その内部でまた争いが起るでしょう。天皇の下を巡って、摂関家の争いが起るに違いない。奴らは、『妖狐』と言う敵が居なければ」


 自分達をつぶし合う。武士や武官の力を使って、目障りな連中を潰す。それが一年後か十年後かは分からないが、あの性格や精神を見れば、そうなるのは火を見るよりも明らかだった。吸われる椅子が限られている以上、それを何としても「座ろう」とする。


 正順は「それ」を分かった上で、自分の父に「幕府」を教えた。「兄上は、征夷大将軍は、朝廷の犬。御上の命を守る、番犬でしかありません。番犬は、庭の中しか歩けない。僕は野に放たれた狼が如く、『彼の地に幕府を開きたい』と思います」


 守屋は、その言葉に大喜びした。ここまで聞けば、心配ない。優秀な我が子、正順ならきっとやり遂げてくれる。「彼の地に幕府を開く」と言う野望を。自分はただ、その報告を待てば良い。幕府の長となった息子が、国の頂点に立つ姿を。


 守屋はその光景を思って、彼に家の金を渡した。「大金は出せんが、俺の気持ちだ。お前の成功を祈る軍資金。風氏の未来を思う軍資金だ」


 正順は嬉しそうな顔で、その返事にうなずいた。確かに少ないが、それでも金を得た事に変わりはない。自分の父に「ありがとう」と言って、部屋の中から出た時は、右手の金子に「ふっ」と笑ってしまった。


 彼は懐の中に金を仕舞って、自分の部屋に戻った。旅の準備、その他諸々を揃えるためである。「お墨付きは、貰った」


 後は、これを進めるだけ。我が謀を進めるだけである。周りの人間から何を言われようが、その地図を広げるだけだった。彼は必要な道具、食料、当座の金を揃えて、来たる出発の日に備えた。


 出発の日は、晴れだった。通りには人が少なかったが、それが出発の好条件になって、南門の中を潜った時も、それから都の外に出た時も、言いようのない興奮を覚えてしまった。彼は馬の尻を叩いて、朝日に光る外の通りを進みはじめた。「良いね、旅の始まりはこうでないと?」

 

 すべてが、光に染まる世界。雲が消えて、青空が見える世界。そんな世界を進んでこそ、これから始まる話も「楽しめる」と言う物だ。陰気臭い雨や後ろ暗い雨では、気持ちの方も盛り上がらない。少年が世界に飛び出す日は、その未来を光らせるような朝、雲一つない快晴でなければならないのである。正順はそんな事を思って、未だ見ぬ世界に馬を走らせた。

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