最終話 敵将、現る?(※主人公、一人称)

 土人形は、堅かった。刀の刃は届いていたが、その反動が重い。土人形の体に刀を振り落とすと、それに合わせて衝撃が、まるで鍬で地面を掬うような衝撃を覚えた。俺はその感覚に苛立ちながらも、敵の体に剣を降ろしつづけた。俺がここで足止めしなきゃ、コイツらが二人の事を追いかける。酔っ払いのような鈍さで、あの二人に攻撃を仕掛ける。


 あの二人が前を向いている間に。二人の背後に迫って、その周りを囲ってしまうのだ。あの二人が土人形に囲まれれば、流石に助けられない。想良様の手記もちとも、闇に葬られてしまう。人間の未来を変えるかも知れない手記もとろも。そんな事は、絶対に防がなければならなかった。

 

 俺は敵の戦意を煽って、相手に「もっと来い、もっと来い」と叫んだ。「そんな攻撃じゃ、俺は倒せないぞ?」と笑った。俺は敵が「それ」に掛かったところで、敵の体に刀を降ろし、体その物を吹き飛ばした。「よし、次。次は!」

 

 どいつだ? そう叫んでいる間にまた、攻めてくる人形。彼等は特殊な武器こそ持っていなかったが、自分の体を活かして、俺の体に拳を当てたり、蹴りを入れたり、体当たりを仕掛けたりした。俺がそれを躱した時は、俺の後ろに回って、羽交い締めを決めようともした。彼等は数の暴力に任せて、俺の事を段々と追いつめていった。「妖狐の敵、倒す、倒す」


 倒すぅうううう! そう叫んで、俺の上に覆い被さった。彼等は俺の体を羽交い締めにして、体の腹部を殴ったり、顔の部分を殴ったりした。


 俺は、その威力に目眩を感じた。永久様のお陰で、体の痛みはもちろん、それに気を失う事はなかったが。土人形達に自分の体を押さえられるのは、想像通りの圧迫感を覚えた。これでは(たぶん)、窒息死してしまう。


 呼吸の方も永久羅様に助けられていたが、復活前の感覚が残る俺には、息苦しさだけでも「死」を感じてしまった。俺は頭の死から逃れるように足掻き、叫び、怒鳴って、土人形達の腕を振り解いた。「しつこい!」

 

 はぁ、はぁ、はぁ。辛い。人形達は吹き飛ばせたが、頭の中がクラクラする。視界の補正が効いていても、周りの景色が歪んでいるし、呼吸の方も苦しかった。俺は人形達の前から離れて、自分の息を整えた。思考はまだ死んでいないが、感情が苛ついている。相手の攻撃にやられるのが、死ぬ程に悔しかった。

 

 俺は自分の両手に気合いを入れて、目の前の人形達にまた突っ込んだ。持久戦は、不味い。神の加護がいくらあっても、俺の力が尽きてしまう。気持ちの闘志も消えて、精神的に「死んでしまう」と思った。「そうなる前に」

 

 決着を付けなきゃならない。この気力が尽きる前に決めなければならなかった。俺は気合いの声を上げて、土人形の体に切り掛かった。土人形達も、それに迎え撃った。俺達は互いの力が尽きるまで、相手に自分の攻撃を撃つつづけた。


 俺達の攻撃は、夜明けまで続いた。一体一体は弱くても、その数が多かったら。人形側が負けるまで、かなりの時間が掛かった。俺は自分の顔に朝日を感じる中で、地面の上に「はぁ」と倒れた。「疲れた、本当に」


 体の全部が疲れた、朝日の光に「アハハッ」と笑う程に。俺は突然襲ってきた疲労感に負けて、両目の瞼を閉じたが……。その瞬間に不思議な声、永久羅様の声に起こされた。永久羅様は意識の中に現われて、地平線の向こうを指差した。



「え?」

 

 しか言えなかった。体はもう、限界なのに。新しい敵(たぶん、味方ではないだろう)の登場は、文字通りの死を意味していた。俺は「ちくしょう」と思いながらも、自分の体を何とか起こして、地平線の向こうに目をやった。


 地平線の向こうには、確かに居る。烏のような鳥でも、土人形のような怪物でもない何かが、俺達の方に歩いていた。俺はフラつく足で立ち上がり、自分の剣を握って、相手に鋒を向けた。「弱ったところを狙うとか。本当に卑怯な連中だよ」


 そんな愚痴を零したが、相手が「それ」を聞き入れるわけはない。俺が相手の動きを見ている名前で、俺の方にどんどん近づいていた。俺は相手が自分の前で止まると、不機嫌な顔で相手の姿を見た。相手の姿は少年、俺と同い年くらいの少年である。少年は人間とは違う髪、肌、瞳の色で、俺の事をじっと見ていた。


「近づくな。それ以上近づくと」


「なんだ?」


 そう言って、「ニヤリ」と笑った。俺に自分の優位を示すように。「俺の首でも、跳ねるのかい?」


 相手は俺の前にしゃがんで、その首元を掴んだ。凄まじい力だが、何とか耐えられる。呼吸の度に「ぜぇぜぇ」言うだけで、意識のそれは失わなかった。相手はそれを不思議がったものの、俺の腹に蹴りを入れた時には、俺がそれに苦しむ様を「おもしれぇ!」と喜んでいた。「? 普通の人間なら、今の力であの世に逝っている」


 俺は、その言葉に「そうかい」と返した。そう返す以外に何もなかったから。残りの殺意を込めて、相手の目を睨み返した。「だから、何だ? 敵の俺と立ち話に」


 来たわけではない。そんなのは、聞かなくても分かった。相手は自分の剣を抜いて、俺の首元に剣先を付けた。「何を憑けているのかは、分かんないけど。お前、ウザいんだよね? 人間のくせに攻めてくるとか。身の程知らずにも程がある。お前の味方は、山の中に入っちゃったみたいだけど」


 そうか、それなら良い。霊峰の中に入れば、妖に襲われなくて済む。朝廷にも、あの手記を届けられるだろう。俺は作戦の成功を感じて、目の前の相手に向きなおった。相手は、俺の視線に首を傾げている。「殺りたいなら、殺れ。お前の事は、未来永劫呪ってやる」


 相手は楽しげな顔で、今の言葉を笑った。明らかに見下している。俺の怒声を「安い挑発」としか思っていなかった。相手は刀で俺の首元を切って、この目を「ニヤリ」と見下ろした。「バイバイ、人間。次は、良い感じに生まれ変われよ? 俺達に襲われないような」


 それを聞きおえる前に倒れた。首の傷はそんなに痛くないが、意識の方はやはり駄目だったらしい。太陽の熱を感じたところで、真っ暗な世界に墜ちてしまった。


 ……「ハッ?」と驚いた。時間の経過は分からないが、とにかく起きたらしい。アイツに倒された場所で、意識を取り戻したらしかった。


 俺は自分の上半身を起こして、周りの景色を見渡した。周りの景色は、倒れる前と同じ。見渡す限りの草原と綺麗な川が流れていた。

 

 俺は目の前の景色をしばらく見ていたが、ある疑問をふと抱くと、不安な気持ちで自分の首に触れた。首の傷がどうなったか、それを確かめたくなかったからである。「無い、アイツに着られた傷が」


 すっかり塞がっている。土人形達に負わされた傷も、その殆どが消えていた。俺は体の様子に首を傾げたものの、ある考えが頭に浮かんで、意識の内側に「永久羅様ですか?」と話し掛けた。「この傷を癒してくれたのは、貴女の?」


 永久羅様は、その質問にうなずいた。「ボクの力だよ」と言って。彼女は悲しげな様子で、俺に「ごめんね?」と謝った。「君の体がまだ、ボクに馴染んでいなくてさ? 回復に時間が掛かったんだよ。すべての力が一緒になれば、アイツだって倒せたのに」


 それに「え?」と驚いた。「自分はもう、強くなれない」と思っていたのに。彼女から聞かされたのは、思いも寄らぬ吉報だった。俺は今の話に驚きながらも、冷静な顔で永久様に自分の疑問をぶつけた。「俺はもっと、強くなれるのか?」と。

 

 永久羅様は、その質問に微笑んだ。何とも迷いもなく、即答で。「なれるよ。君は言わば、脱皮したばかりの昆虫だから。体が外気に馴染んでくれば、それだけもっと強くなれる。さっきの相手も、瞬殺できるくらいに。君は、ボクに選ばれた戦士なんだから」

 

 俺は、その言葉に打ち震えた。特に「選ばれた戦士」と言う部分、これには妙な興奮を覚えてしまった。自分は、神に選ばれた戦士。戦神に愛された、戦士である。戦士は自分の命が尽きるまで、戦わなければならない。


 俺は鞘の中に刀を収めて、服の埃を払った。「アイツは、烏や土人形達とは違う。何かの位を持っている戦士だ。神と合わさった俺でも勝てなかったのに。想良様や菫殿が敵う筈はない。ましてや、朝廷の官軍達が」


 永久羅様! そう、彼女に叫んだ。自分の覚悟を閉めるように。「アイツは、アイツのような奴らはみんな、俺が倒します。敵将を討てば、こちらもそれだけ……。御上の意に反するかも知れませんが、『ここは集団の利を重んじたい』と思います」


 永久羅様は、その意見に黙った。黙ったが、やがて「分かった」とうなずいた。彼女は俺の意識を撫でて、俺に「でも」と微笑んだ。「国には一度、帰った方が良い。君の動きが分からなければ、味方も手の打ちようがないからね。作戦を練り直すためにも、ここは引いた方が良いよ?」


 俺は、その意見に微笑んだ。もちろん、「はい」とうなずいて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る