第12話 夜討(※三人称)

 隠れられそうな場所は、なかなか見つけられなかった。烏が留まれそうな木もなぜか、見つからなかったし。それらしく見えた所も、実際は短い木々の集合体だった。流人達はとりあえずの休憩所として、草地の上に腰を下ろした。


 そこは(一応)隠れられそうな場所があったし、飲み水としての泉もあったからである。流人は自分の隣に刀を置き、想良や菫も自分の近くに武器を置いて、竹筒の水をゆっくり飲みはじめた。「うっ、うっ、はぁ。生きかえる」

 

 烏との戦いはあまり疲れなかったが、それなりに喉が渇いた。竹筒の水をすべて飲んでしまうくらいに。泉の中から水を掬っては、その水をまた飲み干してしまった。流人は竹筒の中にまた水を入れると、筒の上に栓をして、荷物入れの中に竹筒を戻した。「日が沈みそうですね? 本当はもっと、安全な場所で休みたかったけど。俺達の移動距離を考えたら」

 

 ここで、休むしかない。地面の上に敷物を敷き、そこに寝そべるしかなかった。夜の睡眠も、(基本は流人だが)交代制にして。周りの様子を窺うしかない。流人は自分の後ろに二人を置いて、その安全を「守ろう」とした。「辛くなったら、言います」

 

 二人は、それにうなずいた。うなずいたが、それを信じていなかった。彼はきっと、眠らない。一刻程は寝るかも知れないが、二人の安全を守るためにずっと起きている筈だ。自分の順番を守って、その頭を休ませる筈がない。二人は彼の笑顔に「それ」を感じたが、表面上では彼の意見に従った。「うん、ありがとう」

 

 流人は、その返事に微笑んだ。妖狐討伐の仲間ではあるが、それ以上に女の子。年頃の男としては、女の子の事はどうしても守りたかった(「それならお前一人で行け」と言われるかも知れないけど)。


 流人は穏やかな顔で焚き火の光を見、二人が敷物の上に寝そべった後も、同じ顔で二人の顔を見ていた。「お休みなさい」

 

 そう微笑んだが、二人の返事はない。妖との戦いに疲れたのか、それとも夜空の光に「ホッ」としたのか、焚き火の光が弱くなったところで、夢の世界に落ちたらしかった。流人は二人の間に座って、それぞれの頭を撫でたり、頭上の星を見上げたりした。「静かだな。この静けさが」

 

 ずっと続けば良いのに。そう考えてから数刻程経った時か? 彼も、眠気を感じだした。体の疲れはそんなに無いが、今の静寂と二人の寝息にやられて、彼も自分の眠気にうとうとしはじめたらしい。


 彼は自分の刀を立たせると、体の右側にそれを寄り掛からせて、頭の中を「休ませよう」としたが……。妖が「それ」を許す筈はない。それに黒幕が居るかどうかは分からないが、流人が自分の両目を瞑った瞬間、その足下を「ガガガッ」と揺らしはじめた。

 

 流人は、その音に飛び起きた。(敵にも見つかりやすいが)自分も敵を見つけやすい場所に居て、その接近に「まさか、気づけないとは?」と思ったらしい。最初は地面の揺れに怯んでいたが、すぐに「落ち着け!」と思いなおして、自分と想良の馬に「逃げろ!」と叫び、二人の少女も両脇に抱えた。「何かが来ます! たぶん、下から!」

 

 二人は、その声に驚いた。特に菫は、突然の事に「え?」と固まっている。想良様の声を聞いても、しばらくは呆然としていた。二人は今の場所から少し離れると、流人に「降ろして」と言って、地面の上に立った。「わたくし達も、戦います!」

 

 流人は、二人の意見に従った。本当は不安だったが、今は一人でも多い方が良い。菫も自分の剣を抜き、想良も自分の式神を出した。二人は不安な顔で、自分の周りを見渡した。彼女達の周りには、何も無い。


 昼間に見た景色が、夜の色に染まっているだけだ。地面の方はまだ、揺れているけれど。それ以外の変化は、見られない。二人はその光景に首を傾げたが、流人の方は「なに?」と驚きはじめた。「土、人形?」

 

 それが地面の中から出ている? いや、地面の土が人形になっている! 地面の土が盛り上がり、それが人間の形に固まって、「槍」を持った兵士になっていた。流人は、その光景に苦笑いした。自分の目で見られる世界が、すべてではない。「開けた場所に居る」としても、そこからすべてが見えるわけではなかった。


 敵は、地面の下からも攻めてくる。流人は二人の少女に言って、今の場所から離れるように命じた。「あの数は、流石に不味い。菫殿は、想良様を守って! 想良様は、山の入口に」

 

 戻って下さい。そう頼んだが、相手は「それ」に応じなかった。彼が一人で残る事に、そして、自分達だけが逃げる事に「そんなの嫌だ」と思っているらしい。想良様は流人の隣に式神を動かして、彼にも「あたしも、残る!」と叫んだ。「流人君だけを残せない! あたしも、貴方と一緒に残る!」

 

 菫もそれに「わたくしも、残ります!」と叫んだが、その願いも「ダメだ!」と拒まれてしまった。菫は想良と同じ顔、同じ動き、同じ感情で、目の前の彼に「どうして?」と叫んだ。「自分だけで、背負おうとするの? あたし達は」

 

 そう、仲間かも知れない。天皇の勅令を受けた時点で、「男」も「女」も関係なかった。「命を賭ける」と言う点では、流人も彼女達も同じである。だが……。

 

 流人は自分の甘さに「情けない」と思ったが、それでも「逃がさなきゃ」と思った。命を賭けるのは、敵と戦う時である。今はまだ、その時ではない。流人は今もグズグズしている二人に向かって「早く!」と叫び、菫に自分の馬を指差して、彼女に「そいつに乗って! 人間の足じゃ、馬に追いつけない。想良様は、大事な資料を持っている。それは、これからの国に必要な資料だ!」

 

 菫は、その主張に「ビクッ」とした。彼の言う通り、今は帰還が最優先。余計な欲は、命取りになる。菫は想良に目配せし、彼女の動きを促して、馬の上に飛び乗った。「行きましょう、想良様。お二人の任務は、偵察でしょう? 偵察で、命を落としては行けません! ここは、公方様のお言葉に甘えましょう!」

 

 想良は、その言葉に戸惑った。戸惑ったが、やがて「分かった」と折れた。前人未踏の敵地に入っただけでも、凄いのに。そこで「(どんなに少なくとも)情報が得られた」となれば、それを何としても持ち帰らなければならなかった。想良は真剣な顔で自分の荷物を持ち、馬の尻を叩いて、流人の前から離れた。


「流人君!」


「はい?」


?」


 流人は、その声に微笑んだ。「絶対に帰ります」と言って。二人の背中を見送っては、自分の正面にまた向きなおったのである。流人は鞘の中から刀を抜いて、土人形達の前に鋒を向けた。「お前等に頭が居るかは、分からないが。それでも、夜に襲うのは」

 

 ちょっと卑怯な気がするね? 彼の中に居る永久羅もそう、うなずいた。彼女は流人の刀に触れて、そこに力を注いだ。堅い物でも切れるように、その強度を上げて。「土は、意外と堅い。刃物で切るのは、大変だろう? アイツ等は切るよりも、叩いた方が良い」

 

 流人も、その意見にうなずいた。烏のような生き物なら、肉の部分もあるけれど。体全体が土の土人形には、「通常の武器は通じない」と思った。流人は「鉄槌」と化した刀を握って、土人形の方に走っていった。「二人が逃げる時間稼ぎになれば」

 

 そう思った瞬間にまた、永久羅に「大丈夫」と囁かれた。永久羅は彼の両目に触れ、その視力を極限まで、暗い所でも見えるようにしてくれた。「ボクも、手伝う。二人が逃げるまでの間」

 

 流人は、その声に微笑んだ。現実の世界では(たぶん)会えないが、ある意味で一番近くに居る。敬愛の対象は御上だったが、尊敬の対象は間違いなく彼女だった。流人は自分の神に感謝を込めて、敵の一体目に切り掛かった。「夜討を仕掛ける卑怯者が! 戦死だったら、正々堂々勝負しろ!」

 

 土人形は、その声に応えなかった。流人の剣があまりに強くて、「ぐっ、おおおっ」と唸る前にやられてしまったからである。彼等は後ろの二人を忘れて、流人一人に敵意を向けはじめた。「妖狐の敵、殺す。殺す。殺す。妖狐の敵、許さない。お前は、妖狐の敵!」


 人は、その声に苛立った。許さないのは、こちらも同じ。人間を苦しめる妖なんて、どう頑張っても許せなかった。流人は怒りに狂った顔で、目の前の人形を潰しつづけた。

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