第11話 戦いの後(※主人公、一人称)

 通った。肉を切る感覚が嫌だったけど。刃が烏の羽に当たった瞬間、相手の動きに合わせて、刃が烏の羽を切り裂いた。片翼が取れた状態でゆっくりと落ちる、烏。烏は何とか飛ぼうとするが、左の羽が無くなったせいで、そのまま地面の上に叩き付けられてしまった。「キィイイイ!」

 

 俺は、その声に喜んだ。刀が効く! 流石に「一撃必殺」とまでは行かないが、妖相手にも刃が通じた。俺はその事実にも喜んで、相手の烏に目をやった。相手の烏は、今の攻撃に悶えている。切られた部分からも血が溢れ、烏が傷の痛みに暴れると、地面の上が赤に染まった。

 

 俺は、その色にも喜んだ。生物の死を喜ぶべきではないが、この時ばかりは仕方ない。胸の奥が高ぶって、その中に「黒い物」を感じた。妖への恨みが爆ぜたような、そんな感情を覚えてしまったのである。俺は自分の刀を握って、烏の頭に「それ」を刺した。「死ね」

 

 死ね、死ね、死ね。「シネェエエエ!」

 

 烏は、その声に息絶えた。頭の奥からも血が溢れ、俺が脳髄の中から剣を抜くと、それに合わせて血が噴き出した。烏は頭の傷に震え、断末魔のような声を上げて、地面の上に「ぐあん」と倒れた。俺は、その声を無視した。


 俺は、その声を無視した。「何とか倒せた」と思った瞬間、自分の頭上に気配を感じたからである。俺は地面の影に口を開けて、自分の頭上を見上げた。自分の頭上には、烏の群れが飛んでいる。俺が倒した烏と同じ、巨大な怪鳥が何羽も飛んでいた。

 

 俺は不安な顔で、少女達の方を振り向いた。戦いの犠牲にはなっていないが、「この数は、流石に危ない」と思ったからである。一体だけならまだしも、一人で複数の敵と戦うのは、物理的にも不可能だった。俺が烏と戦っている内に残りの烏が、彼女達を襲ってしまう。俺は自分の刀を構え直して、二人の少女に「何処かに隠れて!」と叫んだ。「


  二人は、その声に従った。式神が使える想良様ならまだしも、通常の剣術しか使えない菫殿では、あの敵は(たぶん)倒せないだろう。さっきの場面でも、烏の羽ばたきに吹き飛ばされていた。二人は烏の攻撃を何とか躱して、一人は茂みの中、もう一人は田圃(と思われる)水路の中に隠れた。「公方様、申し訳ありません!」


 そう叫んだ菫殿に「大丈夫!」と返した。今は、命の保護が最優先である。俺は敵の注意を逸らす意味で、周りの烏達に「こっちだ!」と叫んだ。「まずは、俺を倒せ!」


 烏は、その誘いに乗った。二人の姿は見えていたようだが、俺が自分達の前に立ったので、こちらに意識を向けたらしい。一羽目が俺に攻撃を仕掛けると、それに続いて残りの烏達も攻めてきた。烏達は連係攻撃の如く、最初の一羽目が嘴、次は翼、最後は鉤爪を使って、俺の肩に爪を当てようとしたり、引っ掻こうとしたりした。「カァああああ!」

 

 俺は、その声を無視した。敵の攻撃が激しくて、反応どころではなかったからである。俺は相手の攻撃を見切って、躱せる攻撃は躱し、打てる攻撃は打ち、捌ける攻撃を捌いた。「何羽も、何羽も! こいつ等」

 

 しつこい! そう思った瞬間に後ろから烏が攻めてきた。俺は相手の攻撃を見切り、自分の刀を振り上げて、敵の首を落とした。「よし」

 

 次だ。次の烏にも、一太刀入れる。相手の攻撃を避けて、その腹に刀を突き刺した。俺は敵の腹から刀を抜き、右の脚や翼を切って、次の烏も叩き潰した。


 烏達は、その光景に怯んだ。人間の存在を知っているかは分からないが、自分達の仲間が殺られた事に「怖い」と思ったらしい。今までは間髪を入れずに攻めてきたが、今は攻撃を躊躇っていた。烏達は俺の上をしばらく飛んで、そこから一羽ずつ俺の前に降りてきた。「カァアアア!」

 

 俺はまた、相手の声を無視した。「これは、相手の威嚇だ」と分かっていたから。四方から烏が飛んできても、その姿をじっと眺めていた。俺は一羽目の攻撃を躱し、二羽目の体を切り裂き、三羽目の脇腹を裂いて、四羽目の目を潰した。「遅い」

 

 攻撃の動きがゆっくりと、まるで岩でも乗っているかのように見える。普通なら一瞬に見える攻撃が、亀のように見え、蛞蝓のように感じた。俺は蛞蝓よりも鈍い烏の攻撃を躱して、それらすべてに太刀を入れた。「人間を舐めるな!」

 

 そう叫んだ瞬間に響いた、轟音。すべての烏が息絶えて、地面の上に落ちた音である。烏達は口や腹の中から血を流して、荒れ地の上に「うっ」と倒れつづけた。俺は刀の刃に付いた血を払って、鞘の中に刀を戻した。「勝った」

 

 一体だけでない。人間が複数の妖に勝った。人間の作った武器で、奴らの体を切った。ほんの三年前までは、ほとんど無抵抗だったのに。神との合体を果たす事で、この瞬間に辿り着いた。俺は今の興奮に寄って、二人の方を振り返った。「終わりました」


 二人は、それに喜んだ。(烏の動きに合わせて)色々と動いていた二人だが、戦いが終われば流石に「ホッ」とするらしい。想良様は式神の後ろに隠れながら、菫殿は自分の刀を構えながら、俺の前にゆっくりと歩み寄った。


「本当に?」


「ええ」


 即答。


「さっきは、驚きましたが。敵の気配はもう、感じられません。俺達の周りにも、それらしい影はありませんし。最初の一匹目が叫んだので、それに驚いた残りの連中が」


 助けに来た。実際はただ、襲いに来ただけかも知れないが。最初の一匹がきっかけになって、仲間達が来た事に間違いなかった。俺は馬の前に二人を導いて、想良様に「今の戦いを書き留めて下さい」と言った。「細かいところまで、全部。今の記憶は、これからの戦いに役立ちます」


 想良様は、その提案にうなずいた。人間と妖の戦闘。その結末を書き留めた資料は……大袈裟かも知れないが、国の歴史を変える資料だった。超常的な力があれば、人間でも妖を倒せる。相手の特性にも寄るが、人間側に相応の力があれば、人間の武器でも(充分)に戦えた。


 俺は想良様が手記の中に「それ」を書き留めると、嬉しい気持ちで自分の頬を掻いた。「これを見せたら、御上もきっとお喜びになる」

 

 想良様は、その言葉に表情を変えた。まるでそう、何かに心が襲われたかのように。目の光が消え、顔の表情も消えてしまった。想良様は手記のページを閉じて、俺の目を睨んだ。


「止めて。今は、御上の事を言わないで」


「は、はい。分かりました」


 想良様がそう言うなら、従います。そう言って、彼女に「申し訳ありません」と謝った。「その、不躾な事を」


 想良様は、その声に「ハッ」とした。瞳の色を取り戻して、俺の目をじっと見返してきた。彼女は自分の頬を赤らめ、何故か菫殿の顔を見て、自分の足下に目を落とした。「ごめん、なさい。あたし、こんな……」


 つもりは、なかったらしいが。ううん? それは一体、何なのだろう? 菫殿は気まずそうな顔で、俺の顔を見ている。俺はその顔に首を傾げたが、想良様の態度がどうしても気になって、彼女に「大丈夫ですか?」と訊いた。「何か気になる事でも?」

 

 それを言ってまた、驚かれた。今度は、何かに困るように。俺の目から視線を逸らしては、気まずそうに「アハハ」と笑ったのである。俺は今の態度に「ううん」と唸ったが、「次の敵が現われるかも知れない」と思って、目の前に二人に「移りましょう」と言った。


「ここは、見晴らしが良い。俺達も周りを見やすいですが、それと同じくらいに敵も俺達を見つけやすいです。こんな所に突っ立っていたら、あの烏達にまた襲われるかも知れない。ここは安全を第一に考えて、隠れられる場所に移りましょう?」


 二人も、その考えにうなずいた。それぞれに思うところはあるだろうが、「今は、そうした方が良い」と思ったのだろう。未だに赤面状態の想良様は別として、菫殿の方は「分かりました」と従った。二人は俺の後に続いて、自分の馬に乗ったり、馬の後ろを歩いたりした。

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