第10話 初戦闘(※主人公、一人称)

 楽しい旅も、長くは続かない。「安全」と思われる山道を進み、ある程度の余裕を入れても、その終わりはやって来る。森の切れ目が見えて、その先に出口がやって来る。出口の向こうには道が、道の向こうには田園地帯(手入れはもちろん、されていない)が見えた。


 俺は、その景色に息を飲んだ。。誰も行った事のない魔境である。妖達が跋扈する世界、人間の侵入を阻む世界だった。そんな世界に今から足を踏みいれようとしている。力の上では「大丈夫」と思っても、気持ちの上では「不安」と思ってしまった。


 周りの少女達、特に想良様も、あの空間に戦いている。菫殿に「わたくしが御守り致します」と言われても、それに「あ、うん」としか応えなかった。彼等は(俺もそうだが)今までの気分を忘れて、それぞれに自分の手を握ったり、仲間の手を握ったり、互いの顔を見合ったりした。「怖いな」

 

 そう呟いた少女に対して、隣の少女も「そうだね」と言った。頭では分かっていても、気持ちの方は分かっていない。この一歩、この勇気がどんなに怖いかも、気持ちの方では分かっていなかった。


 一つの間違いが、死に繋がる。今までの旅は所謂肩慣らしで、ここからが本当の地獄だった。地獄に落ちた人間が、這い上がるのは難しい。少女達はそんな事を思って、山の入口に振り返った。「嫌だ」

 

 行きたくない。そう言って、しゃがんだ少女が一人。彼女は周りの声を無視して、自分の気持ちを「行きたくない!」と叫びつづけた。「わたし、帰る。帰るよ!」

 周りの少女達は、その声に震えた。


 (こう言う場面ではたぶん)「泣いていないで。ほら、行くよ?」と励ましそうだが、彼女達も「その子」と同じ気持ちだったらしい。「泣かないで」と言う子は居ても、「ほら、行くよ?」と言う子は居ず、泣きじゃくる仲間の姿をただ見ているだけだった。


 少女達は自分の気持ちに葛藤を抱く中で、菫殿の顔を見、そして、俺の顔に視線を移した。それが「自分の本心だ」と言わんばかりに。「く、公方様」

 

 そこから先は、聞えない。声も震えていて、近づかないと聴き取れなかった。少女達は地面の上に頭を付けて、目の前の俺に「お許し下さい!」と謝った。「私達、まだ死にたくないです!」


 俺は、その言葉に目を見開いた。想良様は、「そんな!」と怒っていたけれど。彼女達の気持ちを推し測れば、想良様のようには怒れなかった。俺は彼女達の肩に手を乗せて、その一人一人に「良いよ」とうなずいた。「遠慮は、要らない。ここで引き返すのも、一つの正義だよ。命を大事にするのは、戦いに勝つよりも大事だ」


 少女達は、その声に震えた。「わんわん」と泣いて、「申し訳ありません!」と謝った。彼女達は互いの体を抱き合い、「ごめん、ごめん」と謝って、自分の気持ちを落ち着けた。


「菫は?」


「え?」


「菫は、どうするの?」


 菫殿は、その質問に戸惑った。今の調子だと、彼女も帰る流れだが。彼女は、仲間達のように帰らなかった。「自分は……わたくしは、残ります」と言って、今の流れを撥ね除けたのである。彼女は真剣な顔で、俺の前に跪いた。「この手で、妖狐を討つために。わたくしは最後まで、公方様にお仕え致します」


 少女達は、その言葉に揺れ動いた。「自分達も逃げては、いけない」と、そう内心で思ったらしい。菫殿の前に集まって、彼女達に「わ、私達も」と言いはじめたが……。それを認めるわけには、行かない。彼女達は自分の意思ではなく、菫殿の意見に流されているからだ。


 他人の意見に従った人間が、本当の力を出せる筈がない。旅の途中で死ぬか、「やっぱり帰る」と言うだけである。俺は彼等の間に入って、菫殿に「分かった。それじゃ、菫殿だけが残れ」と命じた。「残りの者は引き返し、次の戦いに備えよ。これは、命令だ」

 

 少女達は、その指示に表情を変えた。「公方様からの命」となれば、気を病まなくて済む。本当はそうしたいけど、命令だから仕方ない。そう、言い訳できる。今の指示に文句を言う人が居ても、それに「私の意思ではない」と言えるわけだ。自分に責任がなければ、どんな指示にも従える。少女達は将軍の許しを得て、菫殿への罪悪感を忘れた。「すみちゃん」

 

 そう言われても本人も、彼女達にうなずいた。仲間の命を思うのは、彼女も同じ。少女達の声にも「大丈夫」と微笑んでいた。彼女は全員の手を握って、その一人一人に「帰りも気を付けて。今度は、一緒に戦おう」と言った。「わたしも、絶対に帰るから!」

 

 少女達は、それに泣き出した。「うん、絶対に戦おう!」と言って。元来た道を戻り、俺達の方に手を振って、山の中に入っていった。少女達は山の中に入った後も、その余韻を残して、例の山道を歩きつづけた。俺達も「それ」を見守ったが、彼女達の姿が見えなくなると、正面の景色に意識を戻して、それぞれに自分の馬を走らせたり、馬の後ろを歩いたりした。


 俺達は、農道の上を歩きつづけた。実際に農道かどうかは分からないが、別れの余韻に打たれて、しばらくは何も喋らなかった。俺達は道の向こうに丁字路が見えたところで、それぞれに「さて?」と話し掛けた。「どっちに行こうか?」


 二人は、その質問に息を飲んだ。どちらに行っても、危険な事に変わりはない。鬼が出るか、蛇が出るの違いくらいだ。敵の性質は変わっても、その本質は変わらない。二人は互いの顔をしばらく見ていたが、やがて「左に行こう」と言い合った。「安全かどうかは別にして。あたし達は、全部を調べなきゃならないから」

 

 それを聞いた菫殿も、「そうですね」とうなずいた。彼女は真剣な顔で、俺の顔に目をやった。「もしもの時は、引き返せば良いんです。『この道は、ハズレだった』と」


 俺は、二人の意見にうなずいた。それが「最善だ」と思ったから。丁字路の前まで行くと、その左側に馬を進ませた。俺は周りの様子を窺いつつも、不安な気持ちで自分の馬を走らせつづけた。


 馬を止めたのは、それから一刻程経った時だった。俺達の上に現われた影、その気配に「なんだ?」と思ったからである。俺は自分の頭上を見上げて、二人にも「頭上、注意!」と叫んだ。「たぶん、敵です!」

 

 そう言った瞬間に襲ってきた突風、鳥のような鳴き声。声の主は地面すれすれまで降り、そこから真っ直ぐに進んで、俺達の方に襲い掛かった。俺は馬の上から飛んで、相手の攻撃を受けた。攻撃の範囲が広そうだったので、自分に敵の注意を向けたのである。俺は仲間の命を守る意味でも、その攻撃を受け、相手の正体を見た。

 

 相手の正体は、烏だった。普通の何倍も大きい、烏。それが羽を羽ばたかせて、俺達の前に飛んでいたのである。烏は威嚇の声を上げると、また空中に飛び上がって、俺達の事を見下ろした。


 俺は、その視線に苛立った。視線の奥は分からないが、その本意は分かる。相手の殺気から思考を読み取るように。その視線、態度から相手の本意を察せられた。俺は相手の本意に倣って、自分の刀を構えた。相手がその気なら、こっちも本気で殺ってやる。「行くぞ!」

 

 相手も、それに叫んだ。人の言葉は分からないようだが、相手の殺気は分かるらしい。俺の攻撃に応えたし、その刃も躱した。自分の背後に俺が回った時も、それに「カァ!」と振り返っていたし。自分が動ける範囲では、俺の攻撃はもちろん、想良様の式神にも応じられるようだった。相手は空中をぐるりと周り、体の遠心力を使って、俺の体に体当たりした。

 

 俺は自分の刀で、その攻撃を防いだ。永久羅様の力で何とか踏ん張れたが、羽の風圧には耐えられず、風の勢いに負けて、地面の上に叩き付けられたけど。そこからすぐに立ち上がって、相手の攻撃に備えた。


 俺は、自分の刀を構えた。一流の刀匠に打って貰った刀だが、妖(と思う)相手に通じるかは分からない。さっきの体当たりを防いだ時も、(刃が毀れないように)あえて刃の部分を避けた。俺は「期待」と「不安」を抱く中で、相手の体に刀を滑られた。「頼む、通じてくれ!」

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