第5話 二つの命(※三人称)
水の中に居れば、溺死。水の中から出れば、斬殺。その二段構えこそ、彼等の得意技だった。様子見役としての鎌滋が相手の力を見定め、その相棒たる針乃が相手の動きを封じる。戦闘環境の設定がやや難しいが、それさえ整えば、大抵の敵を倒せる。
妖狐軍の首脳部には勝てないが、そこら辺の雑魚ならすぐに蹴散らせる力だった。彼等はそんな経験に頼り、今回もいつもの戦術を使って、水の中に敵を閉じ込めた。「足掻いても、無駄だよ? あたしの触手からは決して、逃げられない!」
そう叫んだが、無視された。水中でも声は聞えるが、それを聞く余裕が無いらしい。彼女の触手から(どうにか)逃れて、水中の中から出る。あるいは、戦い場所を「変えよう」としているらしかった。
針乃は相手の動きに目を細めて、敵の方にまた触手を戻した。この手を受けた相手が最初にする事は、呼吸の確保と戦闘場所の変更。その二つしかなかったからである。戦場場所の変更は「第二」としても、呼吸の確保は「第一」にしなければならない。
人間は呼吸が、息を吸えなければ、死んでしまう。妖も(一応は)呼吸が必要だったが、人間程には重要ではなく、個体の能力によっては、その必要を抑える事もできた。
針乃は自身の特性を活かして、水中での呼吸義務を絶った。「あたしは、無敵だよ? 水の中じゃね? あたしはここに居る限り、あんたの事を何処までも追いつづける。だから!」
その抵抗は、無駄。そう叫んだ瞬間に敵の脚を捕らえた。神の力が働いているのか、普通の人間よりも速い動きで泳いでいた敵だったが、触手の速さには流石に勝てなかったようで、水の中から顔を出そうとした瞬間、その足首を掴まれてしまった。
相手は愛用の刀で「それ」を切ろうとするが、やはり敵わない。「そうは、させぬ」と襲ってきた別の触手に動きを封じられ、水の中にまた引きずり込まれてしまった。相手は彼女の触手に悶え、呼吸の欲求に苦しみ、意識の点滅に震えた。「ぐっ、ううううっ!」
針乃は、その声に「ニヤリ」とした。「仕事」の意思もあるが、それ以上に楽しい。「人間の命を奪う」と言うのは、いつ味わっても楽しかった。人間が自分の触手に捕まり、その命を狩られる。絶望と後悔の中、自分の無力を思い知る。鎌滋の相棒として様々な戦場を駆けた彼女だったが、その光景だけはいつ見ても楽しかった。
彼女は水牢の水底に敵を叩き付けて、その真上から相手を見下ろした。「ああもう、しぶとい! あんたは、もう」
相手は、その続きを遮った。「声」の方では無理でも、「動き」の方なら無理ではない。手首と足首の両方に触手が絡んでいる両手両脚を動かして、意識の消失をどうにか防いでいる。「う、ううっ」と悶える中で、彼女の触手を何とか抗っていた。相手は自分の意識を手放すまで、彼女の触手に抗いつづけた。「う、ううう……」
針乃は、その声にも喜んだ。それが相手の、文字通りの断末魔だったから。相手の体がぐったりしても、その様子を「クスクス」と笑いつづけた。彼女は相手の体に巻き付いている触手を放し、頭上の相棒に「終わったよ!」と叫んで、自分の功績に「ふんっ!」といきり立った。「コイツ、本当に神憑き? 妖狐様から敵の事は、聞いていたけれど。こんなに弱いなんて」
そう呆れる針乃に鎌滋も、「まったく」と笑った。陸上では苦戦を強いられた彼だが、その相手が負けたのなら別らしい。自身の敗北を忘れて、相棒の功績に「人間は、脆いね?」と喜んだ。彼は相棒の姿を見下ろす形で、彼女に「牢を解こう」と言った。「そのままじゃ、御印が取れない」
針乃は、それにうなずいた。敵の首は、勝利の証。水の中で切る事もできたが、そう言う様式美が好きらしい二人は、水の中から遺体を出して、その首を取るのが好きらしかった。
針乃は鎌滋の前に敵を運んで、彼に「『ザバッ』ってやろう」と笑った。「いつも見たいにさ? 真っ赤な柱を眺めよう?」
彼は、その提案に「クスッ」とした。胸が躍る。獲物の首が飛ぶ瞬間は、いつ見ても楽しい。彼は獲物の顔を見下ろし、自分の鎌を上げて、敵の首に得物を振り落とした。
だが、おかしい。鎌が風を切る感覚はあったが、獲物の首に当たる感触がなかった。鎌滋は「それ」に驚いて、地面の上を見下ろした。敵の姿がすっかり消えている、地面の上を。「え?」
そう驚いた瞬間に激痛、自分の胸に痛みが走った。彼は胸の痛みに驚きながらも、そこから刃が出ているのを見て、自分の置かれている状況を察した。相手の刀に胸を貫かれている。「どう、して?」
こんな? まさか! 最初から、コレを? 自分達にやられているフリをして、自分が有利になる状況を待っていたのか? 水中の中から地上に出る瞬間を、元の場所に戻る瞬間を。どこかの瞬間に思いついて、その隙を待っていたのか?
鎌滋は敵の戦術に怯んだが、腹部の傷が思った以上に深い事や、針乃に「しっかりして!」と叫ばれた事もあって、戦いの意思よりも、自分の体を思ってしまった。「ちっ、くっ、あっ」
相手は、その声を無視した。敵を倒すのが、最優先。そう、本能の内に思っているのかも知れない。相手の腹から剣を抜く動きにも、相手の命を奪おうとする、そんな殺気が感じられた。相手は相手の中から剣を抜くと、その背中を蹴飛ばして、残りの一体に切り掛かった。「今度は、逃さない」
そう言って、鎌滋の体に剣を降ろした。相手は彼女に自分の剣を防がれてもなお、肘鉄やら蹴りやらを活かして、彼女の意識に隙を作り、それらがすぐに生まれると、彼女の弱点らしき箇所を突いて、その体を地面に押し倒した。「潰してやる!」
鎌滋は、それに怖がった。相手が剣を振り上げる光景に、それがゆっくりと振り下ろされる光景に。空の色に敵を重ねて、自分の最期を察したのである。鎌滋は相棒の声に「ごめん」と謝る中で、相手の剣に脳天を刺されてしまった。「あっ……」
絶命。あれだけ頑張ったのに、こんな……。最期は、驚く程に呆気なかった。鎌は光の無い目で、地面の上に倒れつづけた。針乃は、その姿に狂った。狂って、「うわっあああ!」と叫んだ。自分の大事な相棒がまさか、こんな風に死ぬなんて。「守護」を任された彼女には、まったく信じられなかった。
彼女は、こんな所で死ぬ奴ではない。針乃は相棒の死に怒り狂って、目の前の敵に挑み掛かった。「お前ぇ、お前ぇ、お前ぇえええ!」
そう叫んだが、無視された。針乃は背中の触手を活かして、相手の死角に触手を忍ばせた。だが、それが通じる相手はではない。空間戦術での利は負けているが、針乃が自分の背中に触手を刺そうとした瞬間、触手が動く気配を感じた瞬間、自分の後ろを振り返って、その触手を弾いてしまった。
針乃はその光景、相手の反応速度に苛立ったが、水牢の手が使えない状況にも腹立って、心から目の前の敵を憎みはじめた。「このっ! くっ」
相手はまた、彼女の声を無視した。声の意図は分かっているが、それを聞き入れるつもりはない。彼女の攻撃を躱して、自分の剣を入れる事しか考えていなかった。相手は自分の剣を振るい、触手と触手の隙間を突いて、彼女の前に入りこんだ。「終わりだ」
そう呟く声は、冷たかった。流人は彼女の体に刀を振り下ろして、その胴体を真っ二つにした。「死ね」
針乃は、その声に倒れた。胴体が裂かれる瞬間、それが伝える痛みの感覚は分かったが。自分の背中に地面を感じると、視界の暗転に伴って、無明の世界に墜ちてしまった。
彼女は、自分の力を恥じた。目の前の敵に負けた、そんな自分の力を。真っ暗な世界の中で、悔やみつづけた。彼女は……自分の意識は手放したものの、消え行く周りの景色に合わせて、自分の主に「御免なさい」と謝った。「妖狐様」
流人は、その声に眉を寄せた。彼等への同情は無いが、戦い自体は悲しい。周りの景色が元に戻る中で、言いようのない孤独を覚えた。彼女は二人の体が砂になり、それが風に流されていく様子をじっと、体の疲労感と共に眺めつづけた。
落ちこぼれの武士、戦神(かみ)の力を得て、人間(ひと)の敵を討ち果たさん 読み方は自由 @azybcxdvewg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。落ちこぼれの武士、戦神(かみ)の力を得て、人間(ひと)の敵を討ち果たさんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます