第4話 奇襲(※主人公、一人称)
板塀の上を走る。一見すると馬鹿な考えだが、これが意外と上手く行った。今までの事が嘘だったように。その上から様々な物が見られ、敷地内の仕掛けはもちろん、自分が何処に居るのかも分かった。
俺は、その情報に「ニヤリ」とした。それが伝える意図を察したから。その喜びに思わず笑ってしまった。俺は板塀の上を進み、それが途切れたら飛び越え、向こう側に降りたらまた、城の方に走りつづけた。「面倒な仕掛けだ。でも」
それが相手の手、なのだろう。侵入者を疲れさえ、自分の方に誘う。心身共に疲れている相手を誘って、その体に刃を降ろす。言うなれば、「カマキリ」のような相手だった。カマキリは強襲よりも奇襲を得意とし、草花の影に隠れて、自分の前に現われた獲物を襲う。
あの恐ろしい鎌を振り下ろして、獲物の体を掴む。入水の悪癖こそあるが、それ以外が文字通りの捕食者だった。同族すらも襲うカマキリなら、こう言う仕掛けなのも分かる。敵は今も、あの中で自分が来るのを待っているに違いない。
俺は、その様子に腹立った。武士の世界にも奇襲はあるが、アレは「武士」と言うよりも「野武士」に近い。正々堂々の勝負ではなく、「勝ち」を重んじる戦いだった。戦いに美学を求めるのは微妙だが、それでも美術はある。今回の敵は、その美術を破る者だった。俺は多くの板塀を越えて、城の前に(ようやく)辿り着いた。「これが」
城。妖が潜む魔城。そこに今、自分が立っているのである。俺は相手の死角になりそうな場所を探し、そこに身を隠して、城の様子を調べた。城の様子は、平穏。静寂に等しい不気味さを纏っている。
隠し窓が突然開き、そこから矢でも飛んできそうな、そんな雰囲気が漂っていた。城の素材も普通な感じだが、通常の物よりも高い印象があり、人間の城よりも堅そうに見える。入口部分の扉にも、珍しい金属が見られた。
俺は、その造りに唸った。これは、一筋縄では行かない。神の力を借りて、正面突破も出来るだろうが……。それでは、相手の思う壺。城の中に待ち受ける「罠」と「罠」に引っ掛かってしまう。
それらを辛うじて躱しても、疲労困憊のところに攻撃でも受けたら? また、あの時のようになってしまうかも知れなかった。俺はあらゆる可能性、特に戦闘不能の可能性も入れて、その打開策を考えはじめた。「さて」
どうしよう? そう考えた瞬間にふと、あの声が聞えた。俺の中に居る戦神、永久羅様が意識の中に現われたのである。彼女は俺の精神に話し掛ける形で、俺の気持ちを汲み取り、その打開策を話しはじめた。この状況を変える、文字通りの打開策を。「火を点けよう」
俺は、その提案に息を飲んだ。れは、確かに妙案だが……。ちょっと過激すぎる気も、する。敵が城の中に隠れているなら、その中から炙り出せば良い。建物の外側に火を点けて、そこから逃げ出すのを待てば良い。「戦術」としては上出来だが、(見掛けの上で)可愛い女の子が言うと、何とも言えない寒気が感じられた。
今は自分に力を貸してくれているが、この神様には決して逆らわない方が良いだろう。俺は神の意見に従う一方で、その存在に畏怖を感じつづけた。「分かりました。それじゃ」
燃えそうな物を探そう。「あれだけの物を燃やす」となれば、燃やす場所はもちろん、燃やす材料も大事になってくる。その辺の石ころで、パチパチやっている場合ではない。俺は敵の監視網に出来るだけ入らない、恐らくは「死角」と思える道を歩いて、それらの材料を探しはじめた。
それらの材料はすぐにではないが、どうにか見つかった。元々は、敵の侵入を防ぐ目的で建てられた(と思われる)場所。様々な状況に応じ、籠城戦も(恐らくは)視野に入れていた事もあって、そう言う道具も普通に置いてあった。俺は城の中で燃えやすそうな場所に油を撒き、そこに火種を撒いて、目の前の外壁が燃える光景を眺めた。
城の外壁は、燃えた。それも、「パチパチ」と燃えつづけた。一応は燃えにくい材料が使われているらしいが、基本は木材である以上、火の延びは止められない。顔の前に温かい物を感じてからすぐ、目の前の景色が赤くなった。
俺は火の前から離れて、城の上部を眺めた。城の上部には、周りの様子を見渡せる場所。恐らくは、見張り台が置かれている。「誰も出て来ない、城の奥に居るならまだしも」
永久羅様も、それに「うん」とうなずいた。彼女は俺の隣に立って、そこから城の上部を見上げた。「敵は、一体だけかも知れない。この城を治める、文字通りの武将だけ」
俺達は、その意見に眉を寄せた。そう言い切れるだけの証拠はないが、何となくそんな気がする。あの骸骨達が原因で妙な先入観もあるが、それが相手の作戦であり、また印象操作にも思えた。城の周りにあれだけの数が居るなら、城の中にも同じくらいの敵が居る。
そんな風に思わせて、こちらの思考を乱す意図も感じられた。情報が曖昧だと、判断もそれだけ鈍る。俺達は相手の思考に苛立ちを覚えたが、目の前の城がすっかり燃えると、敵の死角になりそうな場所を探して、そこに身を隠し、敵が現われるのを待ちはじめた。
敵は、すぐに現われた。永久羅様の読み通り、一人で城の中に潜んでいたらしい。自分の城が焼け落ちた事で、その殺気を解き放っているようだった。俺は瓦礫の裏から身を乗り出し、腰の鞘から刀を抜いて、城の主に奇襲を仕掛けた。「死ね!」
相手は、それに怯んだ。怯んだが、引きはしなかった。俺が剣を振るうように。相手にもまた、相手の正義がある。人間の世界を滅ぼす、そんな正義があった。俺は相手の反撃を受け流しながらも、その体をどんどん削って、相手の戦意を奪いつづけた。「ぶっ潰す」
そんな風にも、呟いた。俺は相手の事を追い込み、それが倒れるのを待って、自分の剣を構え直した。だが、「え?」
相手の動きに思わず驚いた。自分の体に鎌を突き刺すなんて。「自分の勝利を諦めたのか?」と思ったが……。その予想はどうやら、外れたらしい。彼の動きに「自害か?」と思った瞬間、彼の中から虫が這い出てきたからだ。
腹の中からニョロニョロと出てくる虫。虫は彼の隣に立って、彼と同じくらいの少女に。つまりは、俺と同い年くらいの少女に変わった。少女は彼の事を労い(と言うよりも、呆れ?)、目の前の俺に向き直って、俺の目をじっと見はじめた。俺は、その視線に恐怖を感じた。「ハリガネムシ」
そう、思わず呟いた。カマキリの中に住まう寄生虫。水辺の前にカマキリを導き、水の中に宿主を落とす魔物。それが少年と協力関係を結び、彼の呼び出しに応えて、俺の前に現われたのである。少女は少年の手を握って、彼に何やら呟いた。「行くよ」
俺は、その声に身構えた。話の前後は分からないが、とにかくヤバイ。二人が動き出した時はもちろん、左右から同時攻撃を仕掛けた時も、二人の攻撃を防ぎきれずに吹き飛ばされてしまった。俺は地面の上に落ちたが、すぐに立ち上がって、二人の攻撃に備えた。「舐めるな!」
相手も、それに言い返した。俺の剣に押し負けたが、それでも止まらない。一方がやられれば、もう一方が来る。俺の攻撃を防いで、倒れた方を起こす。攻撃の威力によろけた場合は別だが、それ以外は連携を活かし、俺の体力をゴリゴリ削りつづけた。相手は一方が守り、もう一方が攻めに回って、俺が攻めに転じる隙を与えなかった。「人間のくせに! あんた達は、あたし等に狩られれば良いんだ!」
少女は「フッ」と笑って、少年の顔に視線を移した。少年の顔は、彼女の目にうなずいている。彼女が自分に言おうとしている事、その意図を何となく察しているようだった。「鎌滋は、上を! 下は、あたしがやるわ!」
少年もとい、鎌滋は、その指示にうなずいた。(正確な答えは、分からないが)二人の関係性は、少女が上で少年が下らしい。彼は俺の上に飛び上がって、そこから俺の様子を見下ろしはじめた。「まったく! 最初からこうすれば、良かったよ」
少女も、その意見にうなずいた。少女は自分の両手を広げて、周りの空間に術を放った。空間の中に水を作り出す、文字通りの妖術を。彼女は水の中に俺と自分を入れて、その背中から触手を出しはじめた。「二者択一よ。水の中で溺れ死ぬか? それとも、この触手に絞め殺されるか? 好きな方を選ばせてあげる」
俺は、その質問に苦笑した。城を燃やした代償が、敵の水牢なんて。「笑うな」と言う方が、無理である。俺は複雑な気持ちで、自分の息を止めつづけた。……上等だ。こんな水牢、すぐに抜け出してやる!
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