第3話 針金虫(※三人称)

 城守を任された時は、正直に言って憂鬱だった。人間の世界に攻め入るならまだしも、我が領土に這入ってきた敵を迎え撃つなんて。高揚よりも、陰鬱を感じてしまった。どうせ戦うなら、相手の側を攻めた方が良い。相手の側に這入って、その領土を焼いた方が良い。


 自分のような者が言える事ではないが、城の中で敵を待つよりは、「それを潰した方が面白い」と思った。彼は城の中に隠れて、敵の到着を待った。「奇襲は、僕の十八番だけど。だからって」

 

 流石に暇すぎる。獲物が来るのをじっと待つなんて、これでは虫の蟷螂だ。草木の奥に隠れて、目の前に獲物が来るのを待つ蟷螂。奇襲を得意とする、昆虫界の狩人である。彼はそんな特性に対して、得意の苦笑いを浮かべた。「でも」

 

 その方が良い。自分の性から考えれば、「それが合っている」と思った。手に汗握る勝負は、彼の性分ではない。彼は城の中に隠れる中で、獲物が現われるのをじっと待ちつづけた。だが、おかしい。外の仕掛けに抜かりはない筈だが、肝心の獲物が現われない。城の外から吹いてくる風に内壁が揺れるだけだった。


 彼はその空気に首を傾げて、今の場所から首を出し、そこから城の廊下を眺めた。城の廊下には、何も見られない。木製の廊下がただ、伸びているだけだ。廊下の角からも何かが来るような気配は感じられないし、そこから顔を出している人間も見られない。すべてが静寂、いつもの様子を保っていた。

 

 彼は、その様子に眉を寄せた。囮の骸骨はもちろん、城外の仕掛けも完璧。敷地内の幻術に掛かれば、ここに(間違いなく)来る筈だった。侵入の途中で罠に「気付いた」としても、この城自体がそう言う仕掛けになっているので、やがては「ここ」に辿り着く筈である。途中の道に隠れたり、元来た道を引き返したりは出来ない筈だった。

 

 彼は、その事実にも首を傾げた。相手の情報は上から聞いていたが、「神の力がそんなに強い」とは思えない。妖狐の力に負けた事からも、相手が「強敵」と思えなかった。彼はそんな想像に頭を働かせる中で、敵の登場をずっと待ちつづけた。


 ……城の中が煙はじめたのは、それからすぐの事だった。彼はその煙に驚いて、今の場所から抜け出した。「な、なんだ?」

 

 そう言いながらも廊下の様子を確かめる、彼。思わぬ出来事に頭が狂いそうだったが、ここは落ち着いた方が良い。冷静な頭で見れば、今の状況もすぐに分かる。彼はそう考えて、異常の原因を探した。


 異常の原因は、火事だった。火元は分からないが、遠くの方から聞える音、その他諸々を考えると、城の外側から火を点けられたらしい。窓の外に顔を出した時も、城の外からも煙が上がっていた。彼は、その様子に愕然とした。「やられた」

 

 素直にそう思った。敵は、城の中に入ってくる。その先入観に囚われていた。城の中から出て来ない、何処に居るかも分からない敵を探すよりも、城の外に炙り出した方が良い。戦う場所の状態からも考えても、外の方が攻め入る側には有利だった。


 彼は、その戦術に苛立った。「元は、ただの人間だろう」と舐めていたが、コイツは思った以上の強者らしい。「やばいかもな」

 

 でも、それに負けてはいられない。上位組ではないが、自分も妖狐軍の一員だ。軍に歯向かう者は、誰であろうと潰さなければならない。彼は自分の信念に従って、城の中を進みはじめた。城の窓から外に出るのは、「危険だ」と思ったからである。


 敵の城に火を点ける奴が、そう言う相手を見逃す筈はない。こちらが出られそうな場所を狙って、そこに罠を張っている可能性もある。

 

 彼は廊下の真ん中を進み、秘密の抜け道を通って、城の外に出た。城の外には、誰も居なかった。抜け道の出入り口が特殊なのもあって、そこをどうやら見つけられなかったらしい。念のために周りを見渡してみたが、火事特有の熱気と煙、建物が見える匂い以外は、何も見つけられなかった。


 彼は、その光景に眉を寄せた。城が焼けたのは痛いが、そんなのはすぐに建て直せる。問題は、敵が何処に潜んでいるかだった。その位置が分からなければ、思わぬ奇襲を受けるかも知れない。彼は細心の注意を払って、敷地の中を歩きはじめた。


 敷地の中は、静かだった。城が燃える音は聞えるが、それ以外の音は聞えない。空気の静寂が聞える。周りの板塀が段々と取れ、本来の姿に戻っていく姿だけが、空間の歪みと共に見えた。少年は城の方に何度か振り返り、それが崩れる光景を見て、「上の方には、なんて言おうか?」と考えはじめた。「流石に燃やされましたじゃ、怒られるだろう」


 敵の侵入があったわけでもなく、その城自体に火を点けられたなんて。無能にも、程がある。妖狐の前に立たされて、その拷問を受けるかも知れない。今の失態を責める、文字通りの拷問を受けるかも知れなかった。少年はその考えに至って、自分自身の未来を憂えた。「情けない」


 そう、思った。自分の戦術に拘らなければ、あの城も燃えないで済んだかも知れないのに。たった一つの油断が、大きな失態に繋がってしまった。少年は、自分の驕りを恥じた。驕りを恥じて、「これでは、ダメだ」と思った。城の中に隠れたままでは、敵の命は奪えない。得意技が使えなくなるのは痛いが、「ここは、自分から攻めよう」と思った。


 彼は周りの仕掛けを解いて、敵の姿を探した。敵の姿は、見つけられなかった。邪魔な建物は消した筈だが、敵の姿が何処にも見つけられない。板塀のあった所に野原が、城門のあった所に林が、井戸のあった所に沼があったが、その水面に城が写っているだけで、肝心のモノが何処にも見られなかった。

 

 少年は、その光景に息を飲んだ。ありえない、死角零の空間に隠れられるなんて! 普通の物理法則を無視している。正直、「これが、神の力か?」と思ってしまった。彼は自分の周りを見渡し、その考えに首を振って、敵の姿を探しつづけた。「冗談じゃない! こんな」

 

 そう言い掛けた瞬間に走った激痛、自分の胸が何かに貫かれた感覚。それが「え?」と驚く意識に襲ってきた。彼は自分の胸を貫いている物、刀の刃に「嘘だ?」と驚いて、自分の後ろを振り返った。彼の後ろには一人、自分と同じくらいの少年が立っている。


 少年は(いつ現われたのか)彼の背後を取り、その背中から刀を突き刺し、彼の胸を貫いていた。少年は、その光景に目を見開いた。「いつの間に?」

 

 相手は、それに応えなかった。殺気増し増しの眼光は、返答よりも殺害を選んだらしい。少年の「くそっ!」を無視して、その胸から剣を引き抜いた。相手は射殺すような目で、少年の背中を蹴飛ばした。「『殺れる』と思ったが。チッ」


 少年は、その声に震えた。人間の声には、思えない。妖よりも怖い、鬼のような声に思えた。それに話し掛けられたら最期、自分の首を失うしかない。


 少年はそんな気持ちに駆られて、後ろの敵に武器を振るった。蟷螂の鎌に似た武器、その大鎌を振り上げたのである。彼は周りの空気を切って、相手の体に切り掛かった。だが、「え?」

 

 そんな攻撃が通じる相手ではない。鎌自体は相手の刀に当たったが、それが相手の鋒に防がれてしまった。それを弾いた時も、その反動に「うっ」とよろけ掛けたし。相手が自分また切り掛かった時も、その一撃に競り負けてしまった。


 少年は相手の攻撃を何とか耐えて、目の前の敵に向きなおった。目の前の敵は、彼の動きに目を細めている。


「このっ!」


「終わりか?」


「え?」


「それで終わりか?」


 何だと?


「今のが、本気の? お前の必殺技か?」


 少年は、その質問に眉を寄せた。そんなわけがない。大鎌を振り回すだけが、自分の必殺技ではなかった。少年は「ニヤリ」と笑って、自分の腹に鎌を突き刺した。

「君は、一人じゃ倒せない。だから、仲間を呼ばせて貰う」


「仲間?」


 そう聞かれた瞬間に腹の中から飛び出す、仲間。蟷螂の中に宿る、針金虫のような妖。妖は地面の上をしばらく這うと、その上からゆっくりと立ち上がって、自身の姿をゆっくりと変えはじめた。少年と同い年くらいの少女に。少女は「やれやれ」と怒って、少年の頭に手を伸ばした。「この程度の敵、アンタ一人で倒しなさいよ?」


 少年は、その声に謝った。謝ったが、何処か嬉しそうだった。少年は自分の口元を舐めて、目の前の敵を睨みつけた。「そうだね? でも、その方が良いだろう? 狩りは、二人の方が楽しい。妖に逆らう敵は、誰であろうと殺さなきゃ?」

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