第5話 ぶつかる想い(※三人称)

 居た。「まさか、見つけられる」とは思えなかったが、昨日と同じ場所に留まっていた。それぞれの馬に餌を食べさせて、自分達の簡単な物を食べていた……らしい。「二人が作った」と思われる朝食の残りが、焚き火の跡と共に残っていた。

 

 菫は「それ」を見て、「行ける」と思った。奇襲は掛けないが、勝負を挑むなら今しかない。彼等の前に名乗りを上げて、その前に飛び出せば良かった。菫は二人の前に走り寄って、流人の方に「おいっ!」と話し掛けた。「お前に勝負を申し込む」

 

 流人は、その言葉に戸惑った。「あんな程度で諦める」とは思えなかったが……まさか、もう一度挑んでくるなんて。想良程ではないにしろ、刀の柄を握って「なっ!」と驚いてしまった。


 流人は菫の顔をしばらく見たが、相手の戦意が本物である事と、想良への被害を考えて、想良に「下がって下さい」と言った。「彼女は、本気です。下手な制止は、通じない」

 

 想良は、それに従った。彼女も彼女で、今の空気を察したのだろう。自分と流人の馬を操って、二人の傍から少し離れた。想良は馬の首を撫でて、流人に「負けないで」と言った。「ここで負けたら、役目を果たせない」

 

 流人も、それに「分かっています」と応えた。この手で妖狐を倒すまでは、死ねない。負けられない。どんな強敵や猛獣が現われようと、そのすべてに打ち勝たなければならなかった。ここがただの通過点である以上、その敵にも負けるわけには行かない。流人は腰の鞘から剣を抜いて、彼女の方に剣を向けた。自分と同じ時宜で、自分の刀を抜いた彼女に。「勝負は」

 

 。相手の命を取るか、相手が「負け」を認めれば勝ち。それ以外の決まりはすべて、無効だった。二人は互いの目を見合って、それぞれに自分の間合いを取った。「良い構えだ」


 そう褒めた流人だったが、相手の方は嬉しくないらしい。今の賞賛に対して、「下手なお世辞」と笑った。相手は流人の賞賛を笑う中で、彼の力、癖、性格、思考を推し測った。「鹿


 なるほど、それが流人の評価らしい。自分の生き方に真っ直ぐすぎる馬鹿。相手にも「それ」を隠さない、愚か者らしかった。菫はそんな本質がおかしくて、彼の剣を「ふんっ」と煽った。「そう相手は、感情を煽れば良い」と。理性で抑えている怒りを、本能で破ってやれば良い。彼女は自分の経験から、それが通じる最善手を打った。「切りたければ、切れば良い。一騎打ちでの死は、武士の誉れだから」

 

 誉れ。確かにそうだが、今は違う。同じ仲間と戦うのは、愚かだ。大事な命を奪い合う行為。己の命を捨てる愚行である。自分達すべき事、その役目は妖狐と戦う事であって、互いにつぶし合う事ではない。


 ましてや、こんな! 私怨に溢れた一騎打ちなど。流人はその愚かさ、虚しさに憤ったが、彼女が自分の目の前に迫ったせいで、今の思考をすっかり閉ざされてしまった。「くっ!」

 

 そう叫んだ瞬間にも一撃、彼の背後から刃が飛んでくる。相手の首を確実に飛ばす、そんな軌道をしっかりと描いた斬撃だった。流人は自分の体を捻って、相手の剣を受け止めた。「速い!」

 

 正順程ではないが、彼女の剣も充分速かった。流人の反射神経を(一瞬だけだが)超えて、その隙間に斬撃を打っている。刃と刃が交わらない一瞬を見極めて、相手の刀身を弾いてくる。


 流人は相手の動きに余裕を感じながらも、その確かな殺気に「うっ、くっ」と身震いした。大怪我は負わないだろうが、それでも足止めは食らってしまう。そんな想像に「この!」と苛立ってしまった。流人は相手の剣を捌く中で、その僅かな隙を窺いつづけた。「いつまでも、好き勝手に!」

 

 させるか! そう思った瞬間にふと、恐らくは偶然だろうが。彼女の隙が薄らと見えた。相手に攻撃を打つ瞬間、そこに僅かな隙ができるのである。そこを狙えば、相手の戦意も奪えるに違いない。流人は相手の剣を躱して、その隙間に刀を打ち込んだ。刃の部分を逆にした、文字通りの打撃を。「止まれ!」

 

 そう叫んだが、思った以上にタフらしい。脇腹の痛みに「う、うううっ」と唸っていたものの、その戦意は消えていなかったし、両目の眼光も消えていなかった。流人の命を奪う、あるいは、戦闘不能にするまでは、今の戦いを続けるつもりらしい。菫は鞘の中に刀を納めて、自分の息を整えた。「私は、負けない。どんな奴が相手でも! 私は、自分の剣を走らせるんだ!」


 そう叫んだ菫に流人も応えた。速い剣には速い剣を当て、重い剣には重い剣を当てた。相手が変わり種を使った時は、それに見合った技をぶつけた。二人は相手の動きを窺う中で、それに見合った技、「最善」と思われる技をぶつけつづけた。「このっ、このっ、このっ!」

 

 好い加減、くたばれ。自分の剣が止められるだけでも悔しいのに。相手がそれに勝る技を放った時は、言いようのない屈辱を覚えてしまった。

 

 菫は自分の体を回して、右手の刀に遠心力を加えた。力で相手に劣る以上、それで相手を押し返すつもりらしい。相手が「なに?」と驚いたところで、相手の体に刀をぶち込んだ。「くたばれ!」

 

 流人は、その声に目を細めた。攻撃の軌道も良いし、その勢いも悪くない。剣術を囓っていない者には、一種の旋風に見えた。これに巻き込まれたら最後、その五体が切り刻まれるに違いない。


 だが、それに負ける流人でもない。二人の戦いを見守る想良と違って、彼女の技術に驚くわけでもなければ、それに怯えるわけでも分かった。凄い物は、凄い。ただ、それしかなかったのである。流人はあらゆる視点、彼女達の反応を感じながらも、朝の光を浴びる中で、自分の剣を操った。


 ……彼の剣は、速かった。速さの上に強さがあった。相手の剣をねじ伏せる、そんな力強さがあった。流人は相手の剣を制して、その喉元に鋒を向けた。「勝負あり」の鋒である。今の場所から少しでも動けば、その喉元にコイツを突き刺す。そんな雰囲気を匂わす鋒だった。「止めよう、君の負けだ」


 菫は、その声に従わなかった。流人がまだ止めを差していない以上、この勝負もまだ負けていない。彼女は真剣な顔で、相手の剣を睨み返した。「まだ、だ! 武士の勝負は、命のやりとり。相手の情けで生き長らえるのは」


 確かに恥だろう。彼女の論理から言えば、それが唯一の真実だった。相手に生き恥を曝すなら、ここで死んだ方がマシである。彼女は地面の上に座ると、上の服を脱いで、愛用の脇差しを持った。想良に「なっ!」と驚かれたが、それで自分の腹を切るらしい。将軍の刃に狩られるくらいなら、「自分で腹を切った方がマシ」と思ったらしかった。


 彼女は自分の胸が露わになっている状態で、流人の目を見上げた。自分の顔をじっと見下ろす、流人の顔を。彼女は真っ直ぐな目で、彼の目を見つづけた。「権に屈するは、剣に在らず。私の剣は、私だけのためにある。だから」


 自分に始末を付けるのだ。そう訴える彼女に対して、流人も想良も「甘えるな!」と怒鳴った。彼女の「え?」を無視して、それに「自分勝手にも程がある!」と怒りつづけた。菫は二人の怒声に怯えて、自分の手を思わず止めてしまった。


「なに、を?」


「じゃない! いつまでそんな、子どものような事を言っているんだ?」


 その言葉に「カチン」と来た。自分と大して変わらないのに。人生を知った風に言われるのは、嫌でも「カチン」と来てしまった。菫は脇差しの柄を握り締めると、右の足首に力を入れて、そこから思い切り飛び上がった。その瞬発力を活かして、流人の喉元に刃を入れるつもりらしい。「死ね!」


 流人は、その声に驚いた。でも、心の方は落ちついている。相手の動きを見切れる程に。そえが放たれる瞬間はもちろん、それが描く軌道さえも見切られてしまった。流人は相手の脇差しを避けると、相手の鳩尾に肘鉄を入れて、地面の上に投げ飛ばした。「もう、止めよう。勝負は、付いた」


 菫は、それを無視した。そんな言葉は、受け入れられない。ましてや、将軍の言葉なんて。「絶対に従えない」と思った。彼女は悔しげな顔で、地面の上を叩きつづけた。「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」

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