第2話 首謀者の少年(※三人称)

 国の行政は主として、二つに分けられる。天皇や上位貴族が治める中央と、中央から代理統治を任された地方だ。地方には地方その物を統べる国司こくしと、それの下部機関である郡司ぐんじに分けられる。


 それらは自分の立場や担当職務に基づいて、地方の政治を動かし、経済を回し、司法を司っていた。少年が住んでいた町もまた、そんな諸侯の一つ。都との交流を今も続けている、数少ない地方都市だった。

 

 少年は(厳密には、彼の家族もだが)、その年に移り住んだ。妖狐の襲来で都を追われて以来、下級貴族の身分ではあったものの、そこで始めた商売が当たって、裕福ではないがそれなりの生活を送っていたのである。

 

 彼は妖狐の存在に恐怖を抱きながらも、毎日の生活、特に家の商売に精を出していた。だが、それでも怖い。「平和」の中でやる商売と、「不安」の中でやる商売は違う。商売の流れがどんなに良かろうと、そこに恐怖を覚えてしまったからだ。


 机の上に乗せられる金子も、そこにかつての惨状が重なれば、「一瞬の夢」としか思えなくなる。銭の山が虚しくなる。貧乏人の身分から這い上がった両親からすれば、「そんなのは、取るに足らない事」だったが……。


 感受性の強い、やや現実思考の少年にとっては、その神経が「異常」としか思えなかった。「家族は、この世界が怖くないのか?」と。彼は十四になった事から段々と、この世に対する恐怖、そして、人間への疑問に頭を抱えはじめた。


 そんな彼の価値観を変える……いや、今の価値観を作る出来事が起こったのは、つい半年前の事だった。町の中で起こった喧嘩、その内容に衝撃を受けたのである。彼は明らかに「加害者」と思われる人間が褒められて、反対に被害者の側が責められる光景を見た。「ああ、これが」


 。物事の本質なんてどうでも良い。勝った側に力があれば、どんな非道も道理になるんだ。それがたとえ、人殺しであっても。


 彼はそんな考えに取り憑かれて……最初は周りに止められたが、町の人々に降伏を訴えはじめた。「人間は、妖狐に屈するべきだ」と、そう周りに訴えはじめたのである。


 妖狐の側に下れば、この命も奪われる事はない。今の世界に怖がる事も。だから、自分達だけでも妖狐に従おう。彼は町の役人達に捕らわれ、その全員から罰を受けてもなお、自分の主張を曲げなかった。「強い者に従う。それが自然の摂理」

 

 役人達は、その言葉に参った。「世の中が乱れている」とは言え、ここまで強情なのは珍しい。普通なら拷問の途中で、意見を変える筈である。「自分の考えは、間違っていました」と、そんな風に変わる筈だったが。


 彼の場合は、その変化が見られなかった。檻の外から出される食事にもほとんど手を付けないし、面会にやって来た自分の両親すらも追い払う始末。彼は自分の妄想に捕らわれ、現実の世界を遮って、自分の殻に籠もった。

 

 それに重なって、町の人達にも変化が兆した。妖狐の力に怯えていたのは、彼だけではない。町の護衛を行っていた武官も、市場の中で野菜を売っていた女性も、郊外の田圃で米を作っていた百姓も、彼と同じ不安を抱いていた。充てにならない天皇を頼るよりも、敵の妖狐に下った方が良い。


 彼等は少年の主義を倣って、自らを「不殺の反乱軍」と名乗り、町の中で「妖狐に下ろう」と叫びはじめた。「強い者に従うのが、自然の摂理!」

 

 そんな風に練り歩いたのである。彼等は役人達の制止を振りきって、自分達の同胞が相手に捕らわれてもなお、町の中を歩きつづけた。「御上の時代は、終わった。これからは、妖の時代である!」

 

 少年も、その声にうなずいた。獄中に捕らわれていた彼だが、外の声があまりに大きすぎて、彼の居る獄中にも「それ」が響いたからである。彼は外の声に勇気を貰って、「今の自分は、間違っていない。これからは、そう言う時代なんだ」とうなずいた。


「勝った者が、歴史を作る。それは古今東西、共通の決まりだ。人間の歴史がずっと続くわけじゃない。奢り腐った人間の歴史が……」

 

 今は、歴史の転換期。そんな事を考えてから数日後、役所の一室に移された。彼の影響があまりに強すぎて(賛同者の一部に「首謀者」と呼ばれていた)、「ここに入れておくのは、危険」と思われたらしい。役人達は監視も兼ねて、今の場所に彼を移した。


 少年は、そんな愚行を蔑んだ。今の流れは、変えられない。今までは傍観を決めていた者達も、周りの圧力に負けてしまうだろう。一人が手を挙げれば、「それに周りも倣う」と言う風に。人間は、特に不安定な状況では、多数の意見に従う物なのだ。「だからこそ」


 変わられる。今までの常識を捨てて、新しい主に仕えられる。それがたとえ、自分の故郷を焼いた者であっても。その力が強ければ、その支配もまた受けられる。少年はそんな考えに喜んで、自分の頭を上げたが……。


 視線の先に一人、自分と同じくらいの少年が立っている。少年は自分の様子を窺っていたが、やがて何かを察すると、役人の一人に刀を渡して、自分の前にゆっくりと座った。彼は、目の前の少年に眉を寄せた。「誰?」

 

 そう訊いたが、相手は答えない。自分の目をただ、見つめるだけだった。相手は真面目な顔で、少年に自分の正体を明かした。「俺の名前は、風流人。御上より妖狐討伐を命じられた、だ」

 

 その言葉に固まった。御上の勅令にも驚いたが、何よりも彼の正体。「征夷大将軍」の肩書きに戸惑ってしまったのである。相手が(令外官とは言え)武官の最上位である以上、それ相応の態度を見せなければならない。


 少年は目の前の将軍に頭を下げて、それに「申し訳ありませんでした」と謝った。「そのような方とも知らず、ご無礼を。僕は……私は、『賀口かぐち』と申します。商人の息子で……」

 

 そこから先は、将軍に阻まれた。彼の身分については、役人達から事前に聞いているらしい。少年が相手の目を見返した時も、今の情報に「うん、間違いないな」とうなずいていた。


 将軍は相手の目をじっと見て、少年に「賀口」と話しかけた。「単刀直入に言う。その考えは、止めろ。妖狐に与したって、今の地獄は変わらない」

 

 少年もとえ、賀口は、その言葉に怒った。不意に現われた人間、それも同い年の少年に「間違っている」と言われたら、流石の賀口も「イラッ」と来てしまう。


 賀口はそんな怒りにしばらく震えたが、将軍の身分に怯える気持ちもあったので、流人には「それ」を見せなかった。「どうして、そんな事が言える? ただの人間でしかない貴方が? 貴方は、確かに征夷大将軍かも知れないけど」

 

 流人はまた、相手の言葉を遮った。そうする事で、相手の注意を引くように。「ただの将軍じゃない。俺は神と合わさった人間、あの世から蘇った神憑きだ」

 

 今度は、賀口が遮った。「神憑かみつき?」の言葉と共に。

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