第二章 旅の始まり

第1話 反乱分子(※主人公、一人称)

 気持ち良い朝だった。あの世の天気も良かったけど、この世の天気も美しい。山の稜線に光が走り、それがだんだんと昇って、都の建物をゆっくりと照らす光景も。朝露の中に見える光と混じって、自分の目の前に不思議な世界を作っていた。


 俺は朝露の匂いに「うん」と笑って、馬の上に跨がった。それに続いて、想良様も馬の上に飛び乗った。俺達は鞭で馬の尻を叩き、その手綱を操って、今の場所から馬を走らせた。「はっ、はっ」

 

 俺は、都の門に目をやった。都の問には、聖獣の姿が彫られている。都の北側から順に玄武、青龍、朱雀、白虎が彫られ、中央の広場には「軸」を意味する黄龍が彫られていたが、都から霊峰へと向かう出口が西側にあったので、俺達も白虎が彫られた西門に馬を走らせた。


 俺は西門の間を潜り、楚良様も俺の後に続いた。俺達は都の門を背にして、田圃が広がる一本道を進みつづけた。「想良様」

 

 そう言って、後ろの想良様に振りかえった。楚良様は、俺の視線にうなずいている。「本拠地があれば、ですが。本拠地への攻撃は後です。俺の力がどんなに上がっていても、二人だけで攻めるのは危ない。妖狐への反撃は、然るべき時に備えましょう!」

 

 想良様も、その言葉にうなずいた。事前の打ち合わせもあったが、こう言う確認作業はありがたい。自分の思っている事が相手と違う時もある。「想良様と考えた予定に謝りがある」とは思えないが、それでも「一応の確認は必要だ」と思った。


 俺は自分の後ろを振りかえって、想良様に「今夜は町で、休みましょう」と言った。「初日から飛ばすのは、不味い。霊峰を越えるまでは、各地の町で宿を取りましょう」

 

 想良様も、その提案にうなずいた。「御上から勅令を受けている」とは言え、御年はまだ十五歳。年が近い俺と野宿するのは、流石に気が引けるだろう。俺が彼女に「それ」を言った時も、その提案に「分かった」と喜んでいたし。


 俺に「ここを真っ直ぐ行けば、町がある」と言った時も、その口元を「クスッ」と笑わせていた。楚良様は途中の昼休憩を除いて、俺の後ろをずっと追いかけつづけた。「見えた」

 

 目的の場所、都から最も近い町。町は国の諸侯、国から遣わされた国司が治める町だったが、俺達が町の中に入ると、下級役人と思わしき男達が走ってきて、俺達に「何者か?」と訊きはじめた。


 俺達は(正確には、楚良様だが)彼等の質問に応えて、その一人に「宿をお願いしたい」と頼んだ。「今日は馬を飛ばして、クタクタなんだ」

 

 役人達は、その要求を聞いた。楚良様が陰陽庁の長官である事はもちろん、俺が征夷大将軍である事にも、一種の畏怖を抱いたようらしい。彼等に導かれた宿も、この町で一番に良い宿らしかった。


 役人達は宿の者に「二人分の夕食を作れ」と命じたが、相手の背中が見えなくなると、俺達の顔に向きなおって、その目をずっと見はじめた。「あ、あの……」


 なんだ? 今までと違う。宿の者には堂々としていた顔が、子どものように「う、うっ」と唸っていた。役人達は互いの顔をしばらく見合ったが、やがて俺達の顔に視線を戻し、何かを決めたような顔で、俺達に「お二人のお役目には……その、『無関係だ』と思いますが」と言いはじめた。「実は……うん、ちょっと気になる事がありまして」


 その言い方に違和感を覚えた。「気になる事」のわりには、かなり難しそうな顔をしている。俺の顔はもちろん、楚良様の顔から視線を逸らした時にも、その妙な違和感を覚えてしまった。


 俺は相手の顔をしばらく見て、役人の男に「大丈夫」とうなずいた。「俺達は、アンタ等の味方だ。御上には言いづらい事でも、俺達になら……。何か困っている事があるなら、すぐに吐きだした方が良い」

 

 想良様も、それに「うん」と微笑んだ。想良様は役人達の顔を見渡して、その全員に「悪いようにはしない」と微笑んだ。「我々の範囲でどうにかできる事なら、御上への報告も」

 

 役人達は「それ」にも戸惑ったが、やがて「分かりました」とうなずいた。役人としての葛藤があるのだろうが、それでも背に腹はかえられないらしい。俺と楚良様の顔を見渡して、俺達に「申し訳ありません」と謝った。


 役人達は部屋の中に俺達を導くと、係の者に「お茶を頼む」と言って、それが机の上に運ばれてからすぐ、出入り口の前に一人、窓の前にも見張りを立たせて、俺達に自分達の悩みを話した。

 

 彼等の悩みは一言で言うと、反乱分子に悩まされているらしい。「反乱分子」と言っても、町の中で暴動を起こるわけではないが。町の中を練り歩いて、その住民達に「我々は、妖狐に下るべきだ」と叫んでいるらしかった。


 役人達は目の前の俺達に「それ」を話すと、国司の男を除いて、その全員が「はぁ」と落ち込みはじめた。「強い方に付きたい気持ちは、分かります。今の状況、自分の立場を考えれば、そうなるのも分からないではない。我々は天子様の物ですが、残りの全員がそう思っているわけではありません」

 

 想良様は、その話に眉を潜めた。恐らくは、今の話に苛立って。俺が彼女に話しかけた時も、しばらくは「それ」に応えなかった。想良様は自分のお茶を啜って、目の前の男に視線を戻した。「そいつ等への処理は?」

 

 それに男が黙ったのは、質問の返事に戸惑ったからか? 男は気まずそうな顔で、机の上に目を落とした。「妖狐への寝返りは、文字通りの重罪です。国の支配から離れ、敵側の勢力に付くなど。反逆以外の何ものでもない。武力による反乱はなくても、それを呼びかけるのも立派な反逆です!」

 

 確かに。「武力」とは、一つの手段。己が主張を訴えるための主張である。自分の主張を訴えられるなら、「武力」も「扇動」もそんなに変わりない。俺は彼等の話に苛立ったが、その一方で違う事も考えた。「そいつらの頭はもう、見つかっているのか?」と言う疑問を。


「それが見つかっていれば、反乱も収まる……わけないか。頭は象徴ではあっても、それ自体の原動力ではない。それに与した奴等が同じような気持ちだったら、頭が捕まっても反乱を起こしつづける。今の状況を憂えているなら、尚更」


 役人達も、それに「うっ」とうつむいた。彼等も彼等で知恵を絞っているが、群衆に処刑を見せても意味がない。その時には恐怖、死への圧迫感は与えられるが、それがある種の反感になって、反乱の動きをより煽ってしまう。


 彼等が御上に「これ」を伝えなかったのも、反乱の激化を防ぐためだろう。妖狐の襲来を受けて以来、(想良様の話では)都には自身の防衛力しか残っていなかった。俺はそんな事を考えたが、役人の方はそれ以上に落ち込みはじめた。「首謀者の割り出しは?」

 

 進んでいる。と言うか、自分から名乗り出たらしい。「自分が反乱軍の長である」と、そう役人達に名乗り出たらしかった。役人達は牢の中に首謀者を入れると、彼(首謀者は、俺と同い年くらいの少年らしい)に少しの拷問を加えたようだが、先の不安をふと感じて、その拷問自体を止めてしまった。「我々も好きで、やっているわけではない」

 

 そんな風に言って、彼の怒りを収める事にした。恐怖で彼を潰すより、「懐柔で彼を丸め込めた方が良い」と思ったらしい。牢の中から彼を出した後も、役所の一室に彼を連れて行って、そこに彼を住まわせていた。


 役人達は彼のお世話係を決め、それと自分達を通して、彼に「反乱を収めてくれ」と頼みつづけた。「我々も、無駄な殺しはしたくない。君だって、同胞の死は見たくないだろう?」

 

 少年は、その言葉に応えなかった。役人達に武器を取られていた事もあったが、それに従うのは「自分の信念に背く」と思ったらしい。役人達が運んでくる食事、主に玄米や汁物、菜っ葉類しかなかったが、そのほとんどに手を付けなかった。


 少年は窓の外から差しこむ陽射しを背にして、修行僧のそれと同じように座りつづけた。「俺は、妖狐に怯えているんじゃない。自然の摂理、世界の真理を述べているだけだ。強い者、大きい物には逆らわない事。『命』とは、食物連鎖の一つでしかない」

 

 そう、役人達に訴えた。自身は座禅を組み、小鳥の囀りに耳を傾ける中で。彼は自分の目をゆっくりと開き、役人達の顔を見渡して、その全員に「クスッ」と微笑んだ。「御上は、人なり。妖狐は、神なり。人は、神に逆らえぬ」

 

 役人達は、その言葉に押しだまった。御上への不遜は許しがたいが、それを否める力もない。彼の薄ら笑いに「う、ううう」と唸るしかなかった。


 役人達は部屋の中に彼を置いて、自分達の仕事に戻った。今や形だけしかない、国司の仕事に。「参りましたね。簡単な仕事が、ここまで簡単ではないとか。正にお手上げ状態です」

 

 残りの役人達も、「それ」に苦笑した。それを見ていた想良様も、彼等の悩みに眉を寄せている。彼等は答えのない問題にぶつかって、言いようのない不安を抱きはじめた。だが、俺は「それ」に加われない。


 彼等がどんなに不安がっても、俺は、俺だけは加わるわけにはいかなかった。俺までもそれに加われば、解決の糸口を失ってしまう。俺は一つの望みを賭けて、役人達に「お願いします」と言った。「今すぐじゃなくても良い。彼と話させてくれませんか?」

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