第3話 乱世に抗う(※主人公、一人称)

 彼の部屋は、狭かった。役所の空き部屋を宛がっただけで、それ自体は良さそうに見えない。部屋の中や通路、その他家具類が掃かれているだけで、「住みやすそう」とは思えなかった。


 俺は反乱軍の影響者こと、賀口に自分の正体を明かして、彼の反応を窺いはじめた。「君がどう言う生い立ちかは、分からない。分からないけど、その考えは間違っている。強い者に従ったって、自分の命は守れない」

 

 賀口は、それに怒った。自分の主張を否められて、その怒りを見せたのである。彼は床の上から立ち上がると、射殺すような目で俺の顔を見下ろした。「黙れ」

 そしてもう一度、「黙れ!」と叫んだ。賀口は檻の中から手を伸ばして、俺の胸倉を掴んだ。「お前に何が分かる? 御上のお情けで、将軍になったお前が? 『僕の何が分かる』って言うんだ?」


 俺は、その声を受けとめた。受けとめた上で、賀口の顔を見上げた。賀口の顔は、涙と怒りで歪んでいる。「分からないよ? 分からないけど、考える事はできる。君の表情を見て、その奥にある物は。君はたぶん、現実の不条理に怒っている」


 そう言った瞬間に放される、賀口の手。賀口は俺の前にしゃがんで、この目をじっと見はじめた。


「僕が、現実の、不条理に?」


「そうだ、このどうにもならない不条理に。君は強者に媚びる一方で、その強者に抗おうとしている。自分の気持ちが潰れないように。君は、自分に嘘を付いている」


 賀口は、その言葉に吹き出した。俺の言葉を織り込むような、そんな作り笑いを浮かべて。「僕は、嘘を付いていない。自分の、自然の真実を言っている。『自然は、強い者の味方だ』って。僕はただ、その本質を言っているだけだ」


 だから、何も間違っていない。そう言いたげな、彼の眼差しだった。「知性のある者には言葉を、力のある者には暴力で、その力を示せば良い。『自分は、相手よりも強いのだ』と。人間は、それに余計な物を足しすぎている」


 違いますか? そう訊かれたが、すぐに「違う」と言いかえした。俺は彼の意見を否めるわけでも、また押し退けるわけでもなく、その意見自体に「違う」と言いつづけた。


「理性と倫理は、人間が人間である証だ。動物、ケダモノのように暴れるのが、人間じゃない」


「でも、ケダモノにならなきゃ」


 少しの沈黙。


「妖狐に敵わない。貴方の言っているのは、ただの理想論だ。理想論では、人間は救えない」


 そう言われた俺も、黙った。俺は相手の目を見た状態で、頭の中を整えはじめた。このままでは、ずっと平行線である。「それじゃ、現実の話を。戦に負けた国は、どうなる?」


 賀口は、その質問に目を見開いた。質問の意図は、分かっている。分かっているが、それに「こうだ」と答えられない。理性よりも強い本能が、その答えを黙らせてしまう。彼は「それ」を察して、床の上にまた座ってしまった。


「温かい国もあるでしょう?」


「妖狐が『温かい』と思うか?」


 それに唇を噛む彼の姿は、本当に悔しそうだった。彼は両膝の上に拳を乗せると、その上に涙を落としはじめた。


「分かりません。でも、そう言う妖だって」


「居るかも知れない。でも、そいつは強いか? 親玉に意見が言える程、そいつの意見に影響力はあるか?」


 賀口は、その質問に首を振った。「もう、聞きたくない。嫌だ」と言う顔で。


「分かりません。分からないけど、僕は」


「賀口」


 俺は、彼の目を見つめた。その精神を貫くような目で。「君のそれは、理想論じゃないか?」


 これが止めになったらしい。彼は半狂乱のように暴れて、部屋の壁に頭を打ちはじめた。それを聞いた役人が、部屋の前に「どうしました?」と駆けつける程に。彼は自分の理性を忘れて、獣のように狂いつづけたのである。「違う、違う! 僕は、理想論者じゃない!」


 そう叫ぶ姿もまた、痛ましい。彼は俺の制止を聞くまで、自分の事を痛めつづけた。「それじゃ、どうすれば良いんです? 毎日、毎日、妖狐の脅威に怯えて? 僕は……僕を含めたすべての人は、こんな世界でどう生きれば良いんですか?」

 

 俺は、その質問に黙った。質問の内容に怯んだからではない。「その答えは、難しい」と思ったからだ。「荒れた世界でどう生きるか?」の答えなんて、そう簡単に出せるわけがない。俺は床の上に目を落として、彼に自分の意見を話した。


「乱世の答えは、乱世の中でしか出せない。それをどう終わらせるかも。俺は、『それ』を見つけるために戦う。御上のためにも、そして、俺自身のためにも。俺は最後まで、乱世の力に抗う」


 賀口は、どうだ? 俺はそう、賀口に訊いた。彼の覚悟を探るように。 賀口は、どうだ? 俺はそう、賀口に訊いた。彼の覚悟を探るように。「このまま世界に負けるのか? それとも、世界に抗うのか? 君は、どっちの道を進む?」


 賀口は、それに黙った。自分のこれから決める質問に戸惑っているらしい。賀口は自分の頭を掻いて、その目から涙を流した。「分かりません、そんなのを急に訊かれても。僕は、僕でしかないですから」


 俺も、その意見にうなずいた。ここで自分の意見を押し通すのは、彼が周りに自分の意見を押し通したのと同じなってしまう。それでは、本末転倒だ。


 俺は俺の意見を言うだけで、相手の意見を否めるわけではない。相手が自分の気持ちを決めるのは、相手の自由意志である。


 俺は彼の前から離れて、彼に「俺は、先に行っている」と言った。「どうなるかは、分からないけど。俺は自分の、将軍の仕事を果たす」

 

 それじゃあ。そう言って、部屋の中から出た。俺は外の通路を歩いて、みんなの居るところに戻った。「戻りました」

 

 それにみんなも、応えた。俺の帰りが遅いので、「大丈夫か?」と不安がっていたらしい。みんなは俺の周りに集まり、想良様も俺の隣に立った。


「彼は、どうなったの?」


「分かりません」


 そう、答えるしかない。彼がハッキリとした答えを言うまでは、そう答えるしかなかった。俺は役人達の顔を見、隣の想良様にも微笑んで、彼等に「すべては、彼次第です」と言った。「彼がこのままを選べば、このままだし。『これじゃダメだ』と思えば、そう言う風に動く。俺は自分の意見こそ言えますが、相手の心までは動かせません」


 役人達は、その返事に落ちこんだ。彼が「将軍」と言う事で、ある種の期待を抱いていたらしい。彼等は俺が彼の意見を変えられなかった事で、「一瞬の不信感」と言うか、不満感を見せはじめた。「『将軍』と言っても、元服すぐの男か。力の使い方がまるで、分かっていない」


 楚良様は、それに怒った。怒ったが、俺の制止を聞きいれた。彼女は役人達の文句に拳を握る一方で、俺に「宿に帰ろう」と言った。「コイツらの問題は、コイツらの問題だ。あたし達の問題じゃない」


 俺も、その言葉にうなずいた。どんな状況になっても、それを決めるのは自分である。他人が「こうしろ」と決める物ではない。俺は楚良様の声に従って、町の宿に戻ろうとしたが……。そこに異変が一つ、予想外の事が起こった。


 賀口の考えに応えた人々、「妖狐に下るべき」と考える人々の列が見えたのである。彼等は「救世、妖狐」の旗を掲げて、町の中を練り歩いていた。


  俺は、その光景に振えた。彼等の声があまりに狂っていたから、その勢いに思わず振えてしまったのである。俺は「不安」と「恐怖」に振える中で、人間の狂気に息を飲んだ。「人間は、狂気の中に思考を失う……」

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