第4話 どう、生きるべきか?(※三人称)

 自分は、どう生きるべきか? その答えをずっと考えたが、その答えはまったく分からなかった。強い者に縋っても、本当の平和は得られない。。強者の気まぐれによって決められる、安息。その不安にまた、付き合わされるだけである。

 

 賀口は、その事実に揺れ動いた。本当はずっと前から分かっていた、それに。他人からそれを言われる事で、その事実をまた確かめてしまった。「自分のやっている事は所詮、現実逃避でしかない」と、そして、「それに逃げるのは、卑怯である」と。彼は悶々とした気持ちの中で、その真理をまた見てしまった。


 このまま閉じ籠もっても、何も始まらない。人間は陽の光を浴び、地面の感触を感じ、その上を歩かなければ、自分の人生を決して生きられないのだ。他人から与えられた人生は、他人の手綱で生きる犬でしかない。頭の中がまた生きていた彼には、その事実が耐えられなかった。「でも……」

 

 彼は、自分の気持ちに怒った。気持ちの上では分かっていても、それを実行に移せない。床の上を立ったり座ったり、それをただ繰りかえすだけで、肝心の行動に移せなかった。彼は自分の不甲斐なさ、勇気のなさを嘆いて、部屋の壁を「くっ」と殴った。「僕は、何を」

 

 そう言いかけた瞬間に叩かれる扉。どうやら役人が、部屋の扉を叩いたらしい。彼の声に合わせて、「どうした?」と叫んでいる。賀口は「それ」に怒って、自分の耳を塞いだ。「五月蠅い」

 

 そう言って、自分の手を止めた。壁を殴らなければ、役人もきっと黙る筈。そう考えて、自分の手を「ダラン」とさせたが……。その動きに重なって、役人がとんでもない事を言い出した。


 お前の信奉者達が、町の中で暴れている。今までは言葉だけで戦ってきた反乱軍が、その主張に「武力」を使いはじめたのだ。老若男女、あらゆる人間が「救世、妖狐」の旗を掲げて、それに歯向かう人々を襲いはじめたのである。

 

 賀口は、その話に愕然とした。戦いを嫌っている人達が、その戦いを求めるなんて。「分かれ」と言われても、すぐには分からなかった。彼は役人の前に走りよって、部屋の檻を握りしめた。


「そんな、嘘だ? 僕は一度も」


「『暴れろ』とは、言っていない。それはもちろん、分かっている。彼等が君に魅せられたのは、君がここに放りこまれた後だったからね。『君の指示で動いた』とは、考えにくい」


「だったら?」


 彼等はなぜ、暴れたのか? その答えは至って、簡単だった。「我慢の限界が来たからだよ。人間には、これ以上は耐えられない場所がある。頭の中ではどんなに分かっていても、心の鬱憤には耐えられないんだ。彼等は知恵の忍耐を忘れて、武力の怠惰に走った」


 賀口は、それに押し黙った。自分がすべて悪いわけではない。自分は自分の意見を言っただけで、それに導くつもりはなかった。人間は、弱い生き物。弱い生き物には、それなりの生き方がある。彼が示したのは、それを叶える一つの案だった。みんなに「こうしろ」と言ったわけではない。


 だが、現実は……それが引き金になってしまった。自分の言葉が原因で、多くの人を狂わせてしまった。油の上に火を落とすように。彼等の怒り、悲しみ、憂いを燃やす材料になってしまったのである。賀口はその現実に打たれて、自分の膝を叩きはじめた。「違う、違う、違う!」

 

 僕は、悪くない。僕は、悪くない。僕は、悪くない。「こんな事になるなんて!」

 

 予想の範囲外だ。自分が考えた事の、それを超えた現象である。想像外の事に責任は持てない。彼は自分の頭を掻いて、役人の方に背を向けた。「そんなのは、知らない。僕には、関係ない! みんなが暴れた理由は」

 

 役人も、それに「ああ」とうなずいた。役人は部屋の天井を見上げて、彼に「彼等自身の責任だ」と言った。「この暴動を起こした理由も。彼等はただ、自分の不安に従っただけだ。でも」

 

 あの二人は、違う。役人はそう、賀口に言った。彼の背中をじっと見つめる中で。「今回の事に責任を感じて、その鎮圧に向かった。朝廷に使える征夷大将軍として」


 賀口は、その言葉に振りかえった。話の衝撃と、自身の後悔を感じて。彼は気持ちの動揺を抑えると、真剣な顔で役人の目を見返した。「いつ、から」


 か? その答えは、早朝。二人が宿屋の中で目を覚ました時だった。窓の外から聞える轟音、人々が「救世ぐぜ、妖狐」と叫ぶ声。それが部屋の中に入って、二人の意識を起こした。二人は別々の部屋で寝ていたが、常用の服にすぐさま着替えると、部屋の中から飛び出して、互いの顔を見合った。「今の音は?」

 

 そう叫んだところで現われる、宿屋の主。主は二人の前に駆け寄って、彼等に「反乱が起きました」と言った。「例の連中が妖狐云々を叫んで! 町の役人連中も、奴等のところに向かっています!」

 

 二人は、その話に眉を寄せた。町の中に反乱軍ができた以上、そうなる事も充分に考えられたが。賀口が役人に捕らわれている事で、「すぐには起こらないだろう」と思っていた。重い表情で互いの顔を見合う、二人。


 二人は最悪の事態も考えて、主から教えられた場所に向かった。「町の中で暴動が起きた」となれば、自分達も行かなければならない。彼等は暴動の現場に着くと、現場の指揮官に話しかけて、暴動の鎮圧に力を貸しはじめた。「武官は、援護を。反乱軍は、俺達が倒します!」

 

 指揮官は、その指示に従った。身分の上でも、それを拒む理由はない。流人が腰の鞘から剣を抜けば、周りの武官達にも「援護を優先! 勝手な行動は、取るな!」と命じた。指揮官は自分も腰の鞘から剣を抜いて、目の前の反乱軍に向きなおった。「今なら鞭打ちだけにする。俺にお前らの首を討たせるな!」

 

 反乱軍は、それを無視した。そんな程度で止まるなら、最初から反乱など起こさない。ましてや、最初の理念を捨てるなど。余程の覚悟がなければ、できない事だった。言葉が通じない相手なら、力で「それ」を通すしかない。


 彼等は各々の家から持ち出した武器、主に長牧や短槍などを使って、町の武官達に襲い掛かった。「そこを退け! 俺達は、妖狐のところに行くんだ!」

 武官達は「それ」に驚き、司令官も同じように怯んだ。彼等は反乱軍の勢いに怯えたが、流人が彼等の前に立つと、不安と安堵の混じった顔で、彼の背中を見はじめた。「公方様!」

 

 流人は、その声を聞いた。聞いた上で、別の声を聞いた。頭の中から聞える声。戦神の声に耳を傾けたのである。彼は現実の中に反乱軍を見、幻の中に戦神を見た。「永久羅様」

 

 彼女は、その声を微笑んだ。それが示す、彼の気持ちが分かったから。彼の気持ちを撫でて、彼に「大丈夫」と微笑んだ。彼女は彼の刀を見て、その刀身を撫でた。「術を掛けた、刀の力を殺す術を。これが効いている間は、どんなに切っても切れない。人の命も奪わなくて済む」

 

 流人は、その話に「ホッ」とした。妖を切るならまだしも、これで人の命は取りたくない。鎮圧のために人を殺すのは、妖狐が人間を殺すのと同じである。


 流人は自分でも「甘い」と思う考えに呆れたが、それを与えてくれた神に「ありがとう」と微笑んだ。「これで、戦えます。あの連中を鎮めるために!」

 

 想良も、その言葉に続いた。彼女自身に武力は無いが、その式神が代わりに戦ってくれるからである。彼女は例の術で式神を作ると、流人の隣に「それ」を立てて、式神に「助けろ」と命じた。「敵は、殺すな。戦う力だけを奪え」

 

 式神は「それ」に応じ、流人も「それ」に続いた。二人は自分の意思、あるいは、主人の意思に倣って、反乱軍の要員を一人、また一人と倒しはじめた。「不安は、分かる。分かるけど、これじゃ」

 

 意味がない。そう叫ぶ流人に重なって、賀口も今の時間に意識を戻した。賀口は部屋の中に立ったまま、その話に眉を寄せて、自身の思想に「う、うううっ」と叫んだ。「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 自分のせいで、こんな事に。暴れなくても良い人が……。彼は自分の頭を押さえて、床の上に崩れ落ちた。「どうしたら良いんだ?」

 

 役人は、その言葉に溜め息をついた。その答えはもう、分かっている筈なのに。逃避の心理が働いて、その言葉が出て来ないようだった。


 役人は彼の前に立って、彼に「まずは、動いてみろ」と言った。「止まるにしても何にしても、ぼうっとしちゃ何も始まらない」

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