第5話 悲しい結末(※主人公、一人称)

 切った。でも、相手は切られてない。腹や胸、足などに刀が当たるだけで、そこから血が溢れる事はなかった。俺が後ろの敵に肘鉄を食らわせた時も、それに鼻血を出しただけで、命のそれ自体は奪われていない。俺の攻撃にただ、「うっ」と倒れただけだった。


 俺は敵の体から視線を逸らして、自分の正面に意識を戻した。俺の正面ではまだ、反乱軍の兵士達が戦っている。それぞれの手に武器を持って、俺も含めた敵対勢力に長巻きを振り落としていた。俺はその様子をしばらく見ていたが、相手が俺の方に意識を戻したので、その攻撃に刀を振り上げた。「くそっ! 好い加減、止まれ!」


 そう叫んだが、やはり止まらない。自分達の殺気(あるいは興奮)に負けて、その武器を振りまわすだけだった。彼等は「俺や想良様の式神には、敵わない事」を察すると、俺達への反撃は後回しにして、弱そうな武官から順に襲いはじめた。「そいつらは、無視だ。まともに戦っちゃいけない。!」


 周りの仲間達も、その声に叫んだ。最初は俺達の攻撃に押されていた彼等だが、前衛の数人が刀に敗れると、その光景に「これは、不味い」と思ったらしい。本来なら長巻きで襲ってくるところを、遠距離向きの弓矢や、その辺に落ちている石などを使って、遠くから俺や想良様の式神を襲いはじめた。


 彼等は武官の刀に押し負けてもなお、自分の武器を振り上げて、目の前の敵を襲いつづけた。「俺達は、悪くない! こんな事が起こったのも! お前らがみんな、敵の力に怯えるからだ! 町の中に隠れて」

 

 何もしていないから? 冗談ではない。彼等が好きで、「何もしていない」と思うのか? 妖達の脅威に怯える中でただ、「手をこまねいているだけだ」と? そんなわけがない。


 彼等は、最善を尽くしている。「最善を尽くそう」と思っている。「今の状況を少しでも良くしよう」と、その知恵と体を使っていた。町の中でブルブルと震えていたわけではない。彼等は今も、世界の安寧を考えているのだ。それを、こんな風に……。

 

 俺は、彼等の思想に腹が立った。敵に下るのは自由だが、それで味方に文句を言うのはおかしい。今の時代が本当に狂っていても、それに立ちむかうのは、今を生きる人間である。この世界に生きる、一人一人の人間である。今の不安に抗うのも……。


 俺は彼等の弱さ、自分にもあるだろう弱さを感じて、それに「ちくしょう」と唸った。彼等はもしもの自分、こうなっていたかも知れない自分である。「負けてたまるか!」

 

 そんな自分に、自分自身の影に。この刀に賭けて、「負けられるか!」と思った。俺は自分の前から迫ってきた敵を討ち払うと、右手の刀を振り上げて、左から迫ってきた敵の腹を打ち、右から迫ってきた敵の頭を叩き、後ろから襲ってきた敵の顔を蹴り、また前から走ってきた敵の右手を砕いた。「もう、退け! これ以上は、怪我人が増えるだけだ!」


 彼等は、それに止まらなかった。振り上げた刃を降ろすのは、それを悔いるよりも難しい。彼等は(個人の差こそあれ)自分の暴挙に「どうしよう?」と迷っていたが、引くに引けない状況を感じて、両手の武器を振りつづけてしまった。「うるさい、うるさい、うるさい! こうなったのはみんな、お前等の所為だ!」

 

 そう叫んで、町の建物を壊した。自分の目に付く物、それらすべてに攻撃を仕掛けた。武官の司令官に「止めろ!」と怒られても、その怒り、悲しみ、憤りに従って、建物の外壁を壊し、玄関の扉を壊し、屋敷の池を埋め、水路の橋を壊した。「俺達は、悪くない!」


 だから、壊す。壊して、壊して、壊しまくる。俺達の意見が通らないなら、力尽くでも「それ」を通してやる。彼等は自分の暴挙に正当性を見出すと、あらゆる理性を忘れて、俺達の方にまた襲い掛かった。「お前達こそ、人間の妖魔だ!」


 俺はまた、彼等の声に苛立った。ここまで言われたら、流石に「カチン」と来る。安全な場所で、「安全」と思われる場所で生きてきたのは、お前らも同じではないか? 何もしなかった連中に何かを言う資格はない。


 俺は右手の剣を握りしめて、彼等の体に襲い掛かった。「暴力はすべてを制する」とは思えないが、今回だけは違う。命を奪う気はないが、その根性だけは「潰したい」と思った。俺は相手の右肩を砕き、すねを砕き、あばらを砕いて、腕を砕いた。「俺達が妖魔なら、お前達も獣だよ!」


 獣に手加減なんかしない。一撃必殺、渾身の一撃を入れてやる。俺はあらかたの敵を倒すと、残りの連中に刀を向けて、その全員に「まだ、やるか?」と訊いた。「他の連中はみんな、のびているぞ?」


 敵は、その声に怯んだ。が、引くつもりはないらしい。体は今の威嚇に震えているが、視線の奥にはまだ殺気が残っていた。彼等は「破れかぶれ」、「ほとんど自棄」と言う顔で、俺の方にまた切り掛かった。「そんな事知るか! 将軍だろうと何だろうが、叩き潰してやる!」


 俺は、その声を無視した。声の内容は頭に入っていたが、「それを聞く意味はない」と思ったからである。俺は自分の刀を操り、敵の脳天や肩、腹やすね、背中などに一太刀入れて、その戦力を一つ一つ奪いつづけた。「残りは」


 一人。「今回の首謀者」と思われる男が、一人だけ残っていた。俺は最後の敵に刃を向けて、その前にゆっくりと歩み寄った。「諦めろ。これ以上の抵抗は、無意味だ」


 相手は、それに応えなかった。何となくは分かっていたが、やはり一筋縄ではいかない。こんな事を起こせる人間なら、こうなるのもすぐに考えられた。彼等は最後まで、この抵抗を続ける気である。


 相手は着物の中から小刀を出して、自分の喉元にそれを近づけた。「近づいたら切る」と、そう俺達に訴えているらしい。「やるならやれよ? やれるもんならな?」


 武官達は、その挑発にたじろいだ。自分達の優位が分かってもなお、その挑発には来る物があるらしい。相手の挑発には乗らない司令官を除いて、その全員が「う、うううっ」と怯んでいた。彼等は互いの顔を見合うと、司令官の後ろに下がって、事の静観を決めはじめた。


 それにまた苛つく、相手。相手は地面の上に唾を吐いて、俺達の顔をじっと睨んだ。「情けない、こんな連中が町を守っているなんて。俺達は、本当についていないよ!」


 そう叫ぶ姿は、本当に悲しかった。あらゆる希望を捨てた、声。その悲しみが、ひしひしと感じられる。俺は相手の苦悩に胸を痛めながらも、一方ではその行動に怒りつづけた。「コイツが煽らなければ、こんな事にはならなかったのに」と。「ふざけるな」


 そしてまた、「ふざけるな」と言ってしまった。俺は相手の前に行くと、その武器を弾き飛ばして、相手の胸倉を掴んだ。「人間は、弱いよ? 弱いけど、やっちゃいけない事がある。こんな風にする事が! お前は、みんなの命を奪った」


 罪人。そう叫んだ瞬間に聞えた声。声は俺の拳に震えてもなお、呆然とした顔で俺の事を見ていた。俺は声の主に戦意を失って、その目をじっと見てしまった。「賀口……」


 賀口は、それに応えなかった。壊れた人形のように「ぼうっ」と、俺や首謀者の様子を見ている。俺が賀口に話しかけても、それをすっかり聞き流していた。彼は自分の周りに目をやり、それをしばらく見渡したところで、地面の上に「うっ」と崩れ落ちた。「僕の所為だ。僕の所為で」


 こんな事が起こったのかも知れない。賀口が「妖に下ろう」と言わなければ。でも、それは過程の話。もしもの話をただ、言っているだけである。可能性だけを話した、ただの想像でしかない。


 俺は彼の隣に行って、その肩に手を乗せた。「誰が良いとか悪いとかじゃない。こうなったのはみんな、俺やみんながどうにもできなかったからだ。人間を脅かす敵が現われたのに。それを倒せなかった、俺達の責任だよ」


 賀口は、その言葉に泣きだした。まるでそう、何かを諦めたように。彼は悲しげな顔で、反乱軍の全員に叫んだ。「みんな、止めよう? 僕達の戦いは、終わりだ」

 

 そう叫んだ瞬間に変わった空気。「戦い」を諦めた空気である。反乱軍はその空気に折れて、一人また一人と、地面の上に武器を捨てはじめた。「悔しかぁ、悔しかぁ」

 

 残りの連中も、それに「悔しい、悔しい」とつづいた。彼等は太陽の光が降りそそぐ下で、この世の絶望、自身の希望が絶たれた感覚を叫びつづけた。

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