最終話 ご武運を(※三人称)

 処分は至って、普通だった。町への反逆を企てた罪。それに類する刑罰をただ、与えただけだった。彼等は町の武官達に両手を縛られ、それぞれの罪に応じて、鞭打ちから始まる刑を科せられた。


「役人のやる事は、同じだよ。自分らの事は棚に上げて、俺らのような人間を虐げる。本当は、自分らだって怖いくせに。自分の見栄に負けて、牢屋の中に罪人を蹴り入れるんだ」


 武官達は、その意見に苛立った。身分の誇りはあっても、基本は町を守る防衛兵。自分の身分を誇るよりも、その責務を果たす方が大事だった。自分の命に代えて、この町を守り抜く。罪人達が彼等に浴びせた言葉は、それを否める全否定だった。


 武官達はそんな現実に負けて、ある者は罪人達を睨み、またある者は地面の上に武器を叩きつけた。「ちくしょう」

 

 やっていられねぇ。それに周りの武官達も、うなずいた。「あんな奴等のために命なんか張れるか!」と。彼等は自分の頭を掻いたり、鎧の表面を叩いたり、地面の上を蹴ったりして、自身の怒りを表しつづけた。「俺、国に帰ろうかな? 立志出世で国に上がったのに。これじゃ、田舎に居る方が良かった」

 

 流人も、その意見にうなずいた。彼の場合は、御上の励ましがあったが。それがもし無かったら、「彼等のようになっていた」と思う。自分の運を呪って、その命に唾を吐いただろう。最悪の場合は、そこら辺の人間を切っていたかも知れない。人間が一つの大義をやり遂げるには、正当な応援が必要なのである。流人は「それも、一つの不幸かも知れない」と思って、この騒動に胸を痛めた。「理不尽は、人の心を殺す」

 

 賀口は、その呟きに目を見開いた。それが今の、自分の本質を表していたから。嫌でも、「くっ」と応えてしまった。彼は役人達に両手を縛られる中で、地面の上に目を落とした。「僕は、殺されるんだろう? この事件を煽った、犯人として。僕は、誰にも触れずに誰かの人生を壊したんだ」

 

 流人は、その言葉に黙った。本当は「違う」と言いたかったが、今の彼に「それ」は通じない。自責の念しかない彼には、そんな言葉は通じなかった。他人の言葉が通じない以上、今の沈黙を「答え」とするしかない。流人は指揮官の顔に目をやって、その感情を「どうか」と煽った。「寛大な裁きを」

 

 司令官も、それにうなずいた。反乱軍の「反乱」は許せないが、彼等自身を恨んでいるわけではない。彼等が反乱を起こしたのは、自分達にも原因がある。司令官は周りの武官達に命じて、今の場所から罪人達を移した。「我々に彼等を裁く権利はあるのでしょう?」

 

 流人は、その質問に黙った。裁く必要はあっても、裁く権利は……たぶん、ない。神様からそれを与えられても、「それをやる権利はない」と思った。流人はそんな自己矛盾に陥ったが、司令官には冷静な顔を保った。「御上の許しが出るかは分かりませんが。俺がもし、妖狐を倒したら。あの人達を全員、牢の中から出してくれませんか?」

 

 司令官は、その願いにうなずいた。それができるかは別にして、その意見だけは彼も同じだったからである。彼は罪人達の姿を見送って、流人の顔にまた向きなおった。「この町にはまだ、残りますか?」

 

 それに「どうしましょう?」と困る、流人。今回の事件があまりに予想外だったので、自分だけは「それ」を決められないらしい。質問の相談者として、想良の顔に目をやった。流人は自分の頬を掻いて、彼女の目を見つづけた。「俺としてはもう、『発っても良い』と思いますが。想良様の気持ちもありますので」

 

 想良は、それに「一日だけ残る」と応えた。彼女個人の予定もあったが、朝廷に「これ」を伝える必要があったからである。今回のような暴動がまた起こるようなら、それ相応の手を打たなければならない。


 彼女は朝廷への報告も兼ねて、それに町への援軍や支援等を書いた。「兵の増加は、最善ではない。それは、あたしも分かっているけど。今の段階では、兵の増加と罪の厳罰化に頼るしかない」

 

 それには、司令官もうなずいた。強すぎる統制はより強い反発を生むが、現状が現状である以上、それに頼るしかなかった。現場の兵士だけでは、限界がある。彼等のような反乱分子を抑えるには、国の力にすがるしかなかった。


 彼は流人や想良に「他の町にも、触れを出すべきです」と言って、想良の考えにうなずいた。「これはきっと、彼等だけの問題ではない。他の国々も、彼等と同じ気持ちを抱いている筈です」

 

 二人も、その考えに微笑んだ。気持ちの上ではやりたくないが、今はそんな事を言っていられない。人間が人間と争いはじめたら、それこそ思う壺である。妖狐達は人間世界の破壊はもちろん、その分断も望んでいるのだ。砕かれたの国を潰すのは、統べられた国を潰すよりも容易い。


 二人は現状で「最善」と思われる考えに顔を見合ったが、賀口が二人の間に割り込むと、それに視線を移して、彼に「どうした?」と訊いた。「何か思うところ……」

 

 は、あるらしい。だが、それを口にするのは悔しい。二人の目を睨んだのも、それを伝える意思表示らしかった。賀口は両手の拳を握って、地面の上に目を落とした。「僕は」


 どうすれば良い? どうすれば、許される? これからの未来を生きるには? 彼はそんな疑問を抱く中で、二人の目を見つづけた。「自分にはもう、分からない」と言う顔で。「誰か教えて」


 流人は、それに眉を寄せた。その考えは、一種の逃げである。


「走れ」


「え?」


「分からないなら、走れ。頭で考えても分からないなら。自分の足で、それを見つけるしかない」


 賀口は、その意見に泣いた。あまりに優しく、あまりに厳しい考えに。地面の上に手をついて、その上に涙を落としつづけた。彼は嗚咽を漏らす中で、流人に「走れるかな?」と訊いた。「こんな事をしたのに? 僕は、自分の道を走られるかな?」


 それに「うん」とうなずく、流人。流人は彼の前にしゃがんで、その肩に手を乗せた。今も涙で揺れている、肩の上に。「頑張ろう、俺も最後まで抗うから。お前も、自分の運命に抗おう」


 賀口も、それに「はい!」とうなずいた。まだ何も決まっていない彼だが、それでも感じる物はあるらしい。流人に「大丈夫か?」と言われてもなお、今の言葉に「う、うううっ」と泣きつづけた。賀口は両目の涙を拭って、地面の上から立ち上がった。自分の弱さを受け入れるように。


「僕はまだ、自分の足で歩けない。貴方のように進めない。『強い者にすがろう』とした僕は。でも」


「これから変われる。俺は一度、死んだ。大切な人を守るために。俺がこの世に帰ってきたのは、あの人の」


 笑顔を守るため、笑顔のそれ自体を取り戻すため。彼は自分のためではなく、天皇の、大事な人を守るために「走りつづける」と近いつづけた。流人は賀口の前に手を伸ばして、その右手を「さあ?」と誘った。「一緒に頑張ろう。妖狐なんかに負けちゃダメだ」


 賀口も、その声にうなずいた。彼は流人の手に応えて、その目をじっと見返した。流人の目は、気持ち良い程に澄んでいる。


「貴方も、死なないでください。自分の志を果たすまでは」


「もちろん。あの世にはもう、戻りたくない」


 二人は、今の会話に笑い合った。儀式の将来を知らない賀口には、それが「流人の冗談だ」と思ったらしい。二人は互いの目をしばらく見、それから互いの手を放し合った。「次は、どちらに?」


 流人は、その質問に答えた。「今よりも妖狐に近いところへ」と。「俺達にできるのは、進む事だけだ」


 賀口は、その答えに微笑んだ。それに希望を、日の光を見るように。彼は自分の胸に手をやって、目の前の少年に頭を下げた。


「ご武運を」


「賀口も、な?」


 二人はまた、互いの言葉に微笑んだ。それぞれの無事を祈るように。

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