第6話 将軍を決める戦い(※主人公、一人称)

 仙術の類? そう驚いた瞬間にはもう、相手の剣が喉元に迫っていた。何の音も立てず、空気の振動だけを残して、俺の間合いを制したのである。敵は俺の反撃を食らってもなお、空中で自分の体勢を整え、俺との距離を取った状態で、地面の上に舞い降りた。「苛つくな、この技を見切るなんて。僕としては、十八番おはこの技なんだけど?」

 

 そう怒る弟を笑ってやった。十八番だろうが何だろうか、当てなければ意味がない。技の速さにただ、「おおっ」と驚くだけである。俺は技の速さを知った上で、目の前に敵に向きなおった。目の前の敵は、俺の回避に苛立っている。「今の技が、限界か? 限界なら?」

 

 俺を倒す事はできない。そう言いかえした瞬間にまた、あの風を感じた。俺は相手の剣が飛んでくる瞬間を狙って、それに自分の剣を当てた。「甘い!」

 

 一度見切られた技をまた、使ってくるなんて。「自分の力に酔っている」としか思えなかった。俺は相手の剣を捌くと、相手が「それ」に怯んだ瞬間を狙って、相手に自分の技を放った。「食らえ!」

 

 その声に重ねて、相手の両手を狙う攻撃。刀が握られている両手を狙えば、その痛みで刀を落とす筈だ。刀が落ちれば、その刃を振るえない。両手の痛みに負けて、すぐに「降参」を叫ぶ筈である。これが非殺生の試合なら、それで勝負が決まる筈だった。


 俺は「それ」を計算に入れた上で、相手の両手を狙ったが……。相手もどうやら、馬鹿ではないらしい。俺が自分の刀を振り上げた瞬間、俺の思考をすぐに読んだのか、こっちの剣を躱して、自分の剣を振り上げた。

 

 俺は、その攻撃を殺した。力はたぶん、「俺の方が強い」と思うが。力の作用を活かして、その差を消した。それから回転技を加えた時も同じ。遠心力の勢いを活かして、衝突の威力を増やし、相手の体勢を崩して、俺の勢いを削いでしまった。


 俺は、その技量に感銘を受けた。憎たらしい弟ではあったが、剣の才は本物。剛の性質だけではなく、柔の性質にも優れていた。金剛石のように堅く、柔のように速ければ、どんな強敵にも勝てる。父がその才を知り、一族の未来を託したかった気持ちも、今では充分すぎる程に分かった。


 自分も父と同じ立場だったら、この弟に家督を譲るだろう。間違っても、俺のような人間には譲らない。「落ちこぼれ」と言われた俺には。それでも……。

 

 俺は、自分の剣を振るった。神の力で蘇った、この凄まじい剣を。自分でも驚くような、そんな力がある剣を。自分の経験と合わせて、その技を振るいつづけたのである。俺は自分の感覚、戦意、闘志に従って、相手の体に斬り掛かった。

 

 相手の体は、その風圧に吹き飛んだ。木刀の刃は相手に当たらなかったが、木刀を振り下ろす時に起こった風が、相手の踏ん張りよりも強かったらしい。相手に次の一撃を躱された時も、その旋風がふわりと起こって、相手の体を吹き飛ばしてしまった。

 

 俺は相手が建物の壁にぶつかるところを見て、それに胸の奥が高ぶった。試合前の稽古でも見た光景だが、実際の試合で見てみると、不思議な高揚感を覚えてしまう。剣を握る手にも、頬を伝う汗にも、その感覚を覚えてしまった。


 。俺は自分の力に全能感を覚える一方で、「その感覚は危険だ、抑えなければ」と思った。「力に溺れた者は、その力に滅びる」

 

 古今東西の歴史書には、その結末が書かれていた。「暴力に頼る者は、最後は必ず滅びる」と、そう何度も書かれていたのである。「情」と「知性」の無い国は、誰かの暴力で必ず滅びていた。


 それと同じ道を辿るわけには行かない。神の力に甘える事は、自分自身の欲に負ける事だ。俺は、その欲に負けてはならない。俺の力はこの国の、みんなの力である。「みんなの力は、みんなのために使わないと」

 

 俺は真剣な顔で、自分の弟と向き合った。自分の弟は、俺の顔を睨んでいる。壁の中から抜け出たものの、その全身にはまだ痛みがあるらしい。


「もう、止めよう」


「え?」


「勝負は、付いた。お前は、俺に勝てない」


 それに「カッ」となる、正順。我が父と同じ、そう言う挑発には敏感である。俺の制止を聞いてもなお、その剣を「降ろそう」とはしなかった。正順は悔しげな顔で、俺の体にまた斬り掛かった。「ふざけるな!」


 突き。


「勝負はまだ、付いていない!」


 振り上げ。


「僕は、風氏の跡継ぎなんだ!」


 正順は地面の上を蹴って、俺の顔に砂煙を当てた。「純粋な剣術では勝てない」と思ったからか、搦め手で俺の動きを「止めよう」としたらしい。今まで観客に徹していた父ですら、その判断には「よし!」と叫んでいた。


 正順は目潰しからの繋げ技で、俺の顔に「突きを入れようと」したが……。そんな攻撃は、通じない。剣の鋒が見えたところで、その鋒を弾き、相手の意表を突いて、その喉元に刃を向けた。

 

 正順は、その刃に怯んだ。自分の腕に自信が、それも絶対の自信があったためか、今の反撃は本当に予想外だったらしい。俺の剣に座りこんでもなお、自分の状況が分からないようだった。正順は俺の目をしばらく見て、自分の剣に視線を移した。正順の木刀は、彼の手から離れている。「そんな、まさか?」

 

 ありえない。そう言いたげな顔だった。正順は俺の目に向きなおって、その顔をじっと睨んだ。「僕がお前如きに負けるか」と言う顔で。「もう一回だ。もう一回、僕と」

 

 戦え。そう怒鳴ろうとした正順を止めたのは、今の試合を見ていた天皇だった。天皇は試合の審判として、俺と正順の間に入った。「勝負は、付いた。今の試合は、流人の勝ち。国の将軍職も、勝者の流人に任せる」

 

 正順は、その言葉に怒った。彼の父親である、守屋も。天皇の指示に対して、不満の顔を見せた。二人は身分の壁を忘れて、息子は流人の前に、父親は天皇の前に詰め寄った。「納得行きません。あんな卑怯者に息子が、たった一度の試合で負けたくらいで。国の将軍職は、そんな事で決まるわけではない。候補者の家柄や実力、その血筋で決められるべきです」

 

 天皇はまた、彼の意見に溜め息をついた。「武士」と言うのは……違う、「風氏」と言うのはどうして、こうも身勝手なのか? 彼等のような価値観がない天皇には、いくら考えても分からなかった。


 天皇は側近達に守屋の体を抑えさせ、息子の正順にも「流人から離れろ」と命じて、貴族達に「任命の儀を進めよ」と命じた。「これが、私達の突破口になる」

 

 貴族達は、その命に従った。天皇の勅令が出た以上、それに背く理由はない。父がどんなに暴れたところで、任命の儀を粛々と進めるだけだった。彼等は天皇の命に従い、都の内裏に俺を導いて、俺に任命の儀を施した。「風流人」

 

 そう呼んで、庭の中に俺を跪かせた。貴族達は俺の周りを囲んで、天皇の詔を待った。天皇の詔は、すぐにあった。儀式の準備を元々進めていた事もあって、その進行も早い。天皇が流人に勅令を読み上げた時も、それに戸惑うどころか、反対に粛然とした態度を見せていた。彼等は国の先例に従って、将軍任命の儀を読み上げた。「お前を征夷大将軍に命じる。国の存亡、その威信に賭けて、我等が朝敵を討ち果たせ!」

 

 俺は、その命に頭を下げた。「征夷大将軍」とは、討伐軍の総司令。官軍の最高階級である。武官の頂きに立つ、戦神。それに「自分が選ばれた」と言うのは、「風氏」としても、そして、「一人の武士」としても、これ以上にない誉れだった。俺は自分の地位と名誉、それから責任に対して、自分の気持ちを整えた。「全身全霊、御上のために励みます」

 

 天皇は、その返事に喜んだ。子どものように叫ぶわけではないが、それでも「クスッ」と笑っている。俺が「それ」に笑い返した時も、その笑みにうなずいていた。天皇は俺の前に歩み寄って、俺に朝廷の勅書を渡した。「征夷大将軍の権限」が書かれた勅書を。


「濫用はもちろん、禁止だ。お前はそこに書かれた内容の範囲、つまりは権限の範囲でのみ、相手に自身の力を示す事ができる。朝廷の軍を使う時も、そして、自身の軍を作る時も。お前は将軍としての任を果たす時のみ、そこに書き連ねた権利を使う事ができる」

 

 質問は、あるか? 天皇はそう、俺に訊いた。俺の気持ちを試すような顔で。「無いなら、ここで」


 俺は、その声を遮った。質問は、ある。自分の未来を見定める意味でも、これだけはどうしえも訊きたかった。俺は天皇の目を見て、彼女に「しばらくは、俺一人でも良いですか?」と聞いた。


「人間は、妖狐に敵わない。俺が御上の軍を率いれば、それ相応の犠牲が出てしまいます。兵士の犠牲は、御上の憂い。御上の憂いは、命の喪失です。命の喪失は、悲しみしか生みださない。人間でも妖に勝てる状況、あるいは状態になるまで、神と合わさっている俺だけで戦えば、その犠牲も出なくて済む。俺は御上の命を受けた、将軍です。将軍は、兵士の命を無駄にしてはならない」


 天皇は、その提案に黙った。黙ったが、「分かった」とはうなずいた。彼女は俺の目を見た上で、想良様の顔に目をやった。「お前の考えは、正しい。私としても、不要な犠牲は出したくないから。国の兵力を考えても、それが最良の策だろう。だが」


 それでも、一人にはできない。彼女はそう、俺に言った。俺の心を見据えるような目で。「お前には、相棒を付ける。将軍のお前が迷わないように。私のゆう、家来の一人を付ける。国の陰陽庁を司る、少女」


 そう言って、想良様を名指しした。天皇は彼女に勅書を渡した上で、俺の顔に視線を戻した。「これはもう、決まった事だから」と、そう俺に訴えた視線である。「彼女は、優秀だ。困った時はいつでも、彼女に話すと言い」


 俺は「それ」に迷ったが、最後には「うん」とうなずいた。天皇の勅令に背ける筈がない。自分の地位が「将軍に上がった」としても、階級上ではまだ「長官」の方が上だった。上の人間に「ついていく」と言われたら、それに「分かりました」とうなずくしかない。俺は想良様の前に進み出て、彼女に「お願いします」と言った。「どうか、私にご鞭撻べんたつを」

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