第3話 二人の熱(※主人公、一人称)

 俺達が持ち帰った情報は、御上はもちろん、朝廷の貴族達にも「凄い」と認められた。人間の武器でも、妖を倒せる事。俺と神の合体も、まだまだ発展途上である事。それらの情報が彼等を喜ばせ、その胸に期待を抱かせた。


 人間が妖を倒せる日も決して、遠くはない。ここ一二年は無理でも、あの霊峰を越えて、妖狐の首を取れるかも知れない。右大臣様は微妙な顔だったが、それ以外は(概ね)好評だった。彼等は夕食の席に俺達を招いたが、菫殿が「それ」を断り、俺も御上と話したい事があったので、夕食の話はすぐに無くなってしまった。「申し訳ありません」

 

 御上は、その謝罪に首を振った。本当は、想良様と話したそうだったのに。その気持ちを抑えて、俺との時間を作ってくれた。御上は自分の前にお膳を、俺の前にも夕食を置いて、二人だけの宴を開きはじめた。「あそこには、五月蠅い人も多いから。

 

 俺は、その返事に胸を打たれた。御上からこんな言葉を賜れるなんて。目の奥が、じんとしてしまった。俺は両目の涙を拭って、彼女に頭を下げた。「身分」と「敬意」、その両方を込めて。「本当にありがとうございます」


 御上はまた、俺の言葉に首を振った。「そんなお礼は、要らない」とばかりに。彼女は「クスッ」と笑って、俺に「食べましょう?」と言った。


「食事が冷めてしまう」


「はい!」


 頂きます。そう言って、自分の夕食を食べはじめた。「海鮮風味の出しが利いた吸い物を飲むと、次は山盛りのご飯を頬張る」と言う風に。武士の身分では決して食べられない夕食を食べて、それに「美味い、美味い」と喜んだ。「こんなの、食べた事がありません!」


 御上は、その声に喜んだ。俺の笑顔を見て、本当に嬉しいらしい。俺が皿の山菜を平らげた時も、それに「クスッ」と笑って、自分の茸を食べていた。彼女はテーブルの上に皿を置くと、真剣な顔で俺の顔を見はじめた。「それで、『話』とは?」


 その質問に表情を変えた。ここから先は、真剣な話。俺がこの場を設けて貰った、本当の気持ちである。俺はお膳の上に箸を置いて、御上の顔をじっと見はじめた。「お願いがあります。今後の妖狐討伐ですが、しばらくは俺一人で行かせて下さい」


 御上は、その言葉に表情を消した。今までは、頬の表面を赤らめていたのに。俺が「それ」を話した瞬間、頬の火照りを消してしまった。彼女は両膝の上に手を置いて、座椅子の上に目を落とした。「どうして、そんな事を言うの? 自分一人だけで行くなんて? 貴方は!」


 許さない! 彼女はそう、怒鳴った。座椅子の上から「サッ」と立ち上がって。「私は、絶対に許さないよ!」


 俺は、その声に胸を痛めた。彼女の愛情が「これでもか!」と分かったから。彼女が座椅子の上に座りなおしても、しばらくは彼女の怒りをじっと見つづけた。俺は自分のお膳を下げて、彼女の前に跪いた。


「無礼は、重々承知です。ですが」


「うるさい!」


 彼女は俺の前に近づいて、この体を抱きしめた。俺の動揺をすべて聞き流すように。「一人で行ったら、帰られなくなる。貴方にもしもの事があったら!」


 彼の地で、死ぬ事になる。「神の加護がある」と言っても、「それで絶対に帰られる」とは言えないのだ。神の加護よりも強い攻撃を受けて、そのまま「スッ」と逝ってしまうかも知れない。御上はそんな想像に駆られたのか、不安な顔で俺の胸を殴りはじめた。「私は、貴方に死んで欲しくない!」


 それに「大丈夫です」と応えたが、そう言いおえた瞬間に「しまった」と思った。今の御上にそんな言葉は通じない。御上の不安を煽って、その声が強まるだけだ。俺の胸を叩く力が増えて、その願いが強まるしかない。「自分の命を捨てないで!」


 俺は、その声に苦しんだ。苦しんだが、彼女には笑顔を見せた。俺は彼女の体を放して、彼女に「体が汚れます」と言った。「俺のような人間を抱きしめては、行けません。御上のような方が」

 

 そう言った瞬間に黙らされた。俺が「え?」と驚く中で、俺の口を封じられた。御上は俺の顔から顔を離すと、寂しげな顔で俺の顔を見上げた。その頬を「ポッ」と赤らめて。


「汚れても良い、貴方の体を知れるなら。私は喜んで、貴方に自分の体を捧げる」


「御上……」


 御上は、それを無視した。俺の口にまた、口づけして。「流人君」


 そう呼ばれて、返事に困った。御上から「君」と言われた事に。俺は「敬意」も「尊敬」もない、文字通りの困惑に包まれた。


「俺は、御上に『君付け』されるような人間じゃ」


「あるよ!」


「え?」


「私にとっては、命の恩人。私は……」


「御上?」


「流人君!」


 御上は真剣な顔で、俺の目を見つめた。俺の目を決して逃さないように。「私は、貴方が好き」


 ……言葉を失った。御上がそんな事を言うなんて。身体中が「カチッ」となってしまった。俺は初めての告白にドギマギしながらも、一方では「落ち着かなくては」と思って、彼女の肩を掴んだ。そうする事で、胸の興奮を抑えるために。「俺も貴女の事をお慕いしています。ですが! 俺の気持ちは、きっと」


 なんだ? 確かに思っているけれど。それは、恋愛とは違うような気がする。相手の存在にドキドキするような、そんな恋愛とは。俺は自分の感情に迷って、御上にも「ごめんなさい」と謝ってしまった。「俺、気持ちが、その……」


 御上は、それに泣き出した。俺としてはただ、謝っただけだったが。彼女としては(とても不遜だが)、「俺にフラれた」と思ったらしい。俺の性格を知っているなら「そんな事はない」と分かる筈だが、今の流れや雰囲気によって、その感覚を忘れているらしかった。御上は両目の涙を拭って、俺の目を見た。「身分は、関係ない。貴方の気持ちは? 私の事は、どう思っている?」


 俺は、その返事に困った。「どう思っている?」と訊かれても、それに応えるのは難しい。好きな気持ちは変わらないが、それでも「う、ううん」と唸ってしまった。俺は自分の頭を掻いて、彼女の目から視線を逸らした。「天皇を嫁には、できません。嫁にする事すら」


 おこがましい。そう呟いた瞬間に怒られた。俺は御上の怒声を驚いて、彼女の顔に目をやった。彼女の顔は、「怒り」と「悲しみ」に濡れている。


「御上……」


「関係ない」


「え?」


「そんなの、私には関係ない! 貴方と私の身分なんて! 私はあの時からずっと、貴方の事を愛している!」


 俺は、その言葉に黙った。ここまで言われたもう、相手の言葉を拒めない。最低限の礼節を守った上で、相手の体を抱きしめるしかなかった。俺は彼女の背中を撫で、その耳元に「大丈夫」と言って、彼女に自分の気持ちを話した。「俺は、死にません。大事な人が待ってくれているから。俺は何があっても、貴方の所に帰ってきます」


 御上は、それに黙った。黙ったが、すぐに「分かりました」とうなずいた。彼女は俺の背中に腕を回して、この目をじっと見はじめた。「どうしても行くの?」


 それに「はい」とうなずいた。人間の犠牲を減らすためにも、この意思だけは曲げられない。御上に「絶対?」と訊かれても。俺は真剣な顔で、彼女の目を見つめた。「我が命は、天皇家のために。俺は自分の命が尽きるまで、御上のために働きつづけます」


 御上は寂しげな顔で、俺の思いにうなずいた。この気持ちはもう、「変えられない」と察したらしい。彼女は俺の胸に顔を埋め、この背中を撫でて、俺に「分かりました」とうなずいた。「それなら印を。


 返す言葉が無かった。本当は、身分を理由に断るべきなのに。彼を見つめる彼女の目が、その声を消してしまった。俺は真面目な顔で、彼女の耳元に囁いた。


「人払いは?」


「すぐにする」


「分かりました」


 即答。自分でも、思わず驚いてしまった。「罪は、俺一人で背負います。貴女に手を出した、その罪を。貴女は自分と、新しい命を守って下さい」


 御上は、それにうなずいた。両目の橋に涙を溜めて、俺の頬を「分かりました」と撫でた。彼女は俺の腕に体を任せて、部屋の奥に目をやった。部屋の奥には、彼女の寝屋がある。「貴方の熱を教えて?」


 俺は、その声に「はい」と言った。自分の、彼女の、これからの未来を賭けて。

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