第2話 見られた!
動画を撮り終えた後、麗ちゃんは編集作業があるからって言って、家に帰る。
一方私は、ここに残ってダンスの練習。
さっきのダンス、麗ちゃんは褒めてくれたけど、もっと練習して今よりさらにうまくなりたかった。
練習なら動画配信もしないから、マスクもサングラスもニット帽もとって、思いっきりできる。
体幹を鍛えるための筋トレに、体全体は固定したまま手や足の一部だけを動かす、アイソレーション。
こういう基礎のトレーニングは、どんな曲でどんな動きをしても、必ず活きてくる。
それが終わったら、いよいよ曲に合わせて本格的なダンス開始。
スピーカーのスイッチを押して、流れてくる音楽に合わせて、体全体でリズムをとっていく。
筋トレとかなら家でもできるけど、本格的なダンスは、ドタバタしてうるさいって怒られちゃうから無理。
私がダンスやってることも動画配信していることも麗ちゃん以外には秘密だから、学校でも無理。
だから練習は、いつもここでしてるんだ。
いつも最初は、見つかったらどうしようってビクビクするけど、踊ってたら楽しくてそんなの忘れちゃう。
どのくらいの間踊ってたかな?
辺りがだんだんと暗くなってきて、そろそろ家に帰った方がいい時間になってきた。
「最後一回だけ、配信の時と同じ感じで踊ってみよう」
一度は外したマスクやニット帽をつけ、スピーカーのスイッチを押す。
マスクをつけたことで少し息苦しくなるけど、それでパフォーマンスが落ちたりしちゃダメ。
さっきまでと同じように、ううん、それ以上に良い動きをするんだ。
そんな気持ちで、一曲踊りきる。これで本当に、今日の練習は終了だ。
だけど、スピーカーの電源を切って回収しようとしたところで、近くの茂みから、ガサガサという音が聞こえてきた。
「えっ?」
風かな? それか、野良猫か狸でもいるの?
そう思って音のする方を見たけど、そこにいたのは猫でも狸でもなかった。
「うそ……」
茂みから現れたのは、私と同い年くらいの男の子。
スラッとしていて背が高く、スっと通った鼻筋に、切れ長の目。一つ一つのパーツだけでもきれいなのに、それがバランスよく配置されているから、全体を見た時の美しさはさらにはね上がる。
って言うか、この人って……
(九重くん、だよね?)
九重恭弥。多分、私の通っている中学で彼のことを知らない人はほとんどいない。
きれいな見た目だけじゃない。抜群の運動神経。そしてもう一つの理由から、男女問わずカリスマ的人気を誇る男子生徒だった。
でもなんで?
この秘密基地のこと、九重くんが知ってるはずない。
そもそも同じクラスではあるけど、接点なんてほとんどない。
そんな九重くんが、どうしてこんなところにいるの?
「あんた、今のダンス……」
九重くんが、驚いたように目を見開いて言う。
そこで私は、ようやく気づく。
(も、もしかして、ダンスの練習してるところ見られた!?)
とたんに体が熱くなって、全身からダラダラと汗が流れる。
どうしよう、恥ずかしい。
ダンスやってること、麗ちゃん以外誰にも知られたくないのに!
マスクとかで顔を隠しててよかった。これなら、私だってバレてないよね?
けどこんなところで一人で顔隠して踊ってるなんて、不審者って思われるかも。
通報されたらどうしよう。
「あ……あぁ……」
うろたえながら後ずさると、なぜか九重くんは、一歩二歩と詰め寄ってくる。
その度に、バクバクと心臓が跳ね上がる。
「あのさ……」
何か言いかける九重くん。だけど、それを聞く勇気なんてなかった。
「ご、ごめんなさい!」
そう叫ぶと、クルリと背中を向けて全力ダッシュ。
ひたすら走って、とにかく逃げる。
チラッと後ろを振り返った時、九重くんの姿はなかった。
どうやら、走って追いかけたりはしなかったみたい。
「そりゃそうだよね。わざわざ追いかけたりしないか」
ホッとするけど、それも束の間。少しして、だんだんと別の不安が湧いてきた。
(九重くん。今のこと、誰かに喋ったらどうしよう)
だけどあそこに顔隠して踊る変な奴がいるなんて噂が流れたら、もう二度と練習も配信もできなくなるかも。
誰にも話さないでって頼んでみる?
土下座して誠心誠意お願いしたら、聞いてくれるかも。
帽子をギュッと深く被って、震える足で元来た道を逆戻り。
だけど、再び秘密基地に戻った、九重くんの姿はなかった。
「帰ったのかな?」
考えてみれば、わざわざこんなところにいる必要なんてないよね。
そもそもなんでここに来たのかは、相変わらずわからいけど。
その時、地面に一枚のビニール袋が落ちているのに気づく。
さっきまで、こんなの無かったのに。
しかもその袋。風で飛ばないよう、わざわざ上から石で押さえてあった。
「なんだろう?」
気になって中身を見ると、袋はいくつも重なっていて、さらにその中には、一枚の紙が入っていた。
そして、それにはこう書いてあった。
『さっきここで踊っていた人へ。忘れていったスピーカー、もうすぐ雨が降りそうだから、濡れるといけないと思って持っていく。勝手なことをして悪い。俺の連絡先書いといたから、いつでも連絡してくれ』
えっ? スピーカー?
その時になって気づく。
音楽を流すのに使ってたスピーカー。逃げるのに夢中で、置きっぱなしにしていたことに。
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