第14話 み、見ないで!

 次の日。いつものように学校に行くと、待ってましたって感じで麗ちゃんが突撃してきた。


「ちょっと亜希。スートのみんなにダンス教えることになったって、本当なの? 私が夢見てるんじゃないよね?」

「しーっ! う、麗ちゃん声が大きいよ」


 五十嵐先輩の家から帰った後、麗ちゃんには何があったかメッセージで伝えて、その後すぐに電話でも話したんだけど、まだ信じられないみたい。

 私だって、今でも夢じゃないかって思ってるよ。


「それでね、私一人でも男装できるようにコツ教えてほしいんだけど、いい?」


 私が美少年になれたのは、麗ちゃんのメイクや貸してくれた服のおかげ。

 これからも男装してスートのみんなと会うなら、自分でできるようにならなくちゃ。


「もちろん。亜希のダンスが世界に羽ばたく手伝いができるんだよ。いいに決まってるじゃない」

「世界に羽ばたくって、そんなことないから」


 世界なんて大げさだし、だいたい私は教えるだけだから、羽ばたくなら私じゃなくてスートだよ。


「とにかく、亜希のダンスをそれだけ評価してくれる人がいるんだから、こんなの嬉しくないわけないよ」

「うん。それは、私も嬉しい」


 みんなが私のダンスをいいって言ってくれたのを思い出すと、今でも胸がドキドキしてくる。


「誰かに教えるなんて初めてだから、色々調べなきゃね」


 そのために、昨日家に帰ってから、ダンス教室で習ったことを思い出したり、色んなダンス講座の動画を見て参考になりそうなところをメモしたりしたんだ。

 せっかく頼ってくれたなら、少しでもそれに応えたいから。


 そんなことを思っていたら、急に声が飛んできた。


「あっ、いたいた。奥村ーっ!」


 声の主は九重くん。

 わわっ! 大声で私の名前を呼ぶもんだから、教室にいる人たちが一斉にこっちを見てる!

 けど九重くんは、そんなのお構いなしに話しかけてきた。


「お前の従兄弟、紹介してくれてありがとな。ダンス教えてくれることになったって話、知ってるか?」

「う、うん。奈津から聞いた」


 本当は私が奈津なんだけど、昨日あんなに一緒にいたのに、ちっとも気づいてないみたい。麗ちゃんの男装テクはもちろん、顔を覆うように前髪を伸ばしてるおかげかも。


「私も聞いたよ。奈津のダンス、凄いでしょ。言っとくけど、誰よりも先にあのダンスに目をつけたのは私だから。マスクダンサーの配信だって手伝ってるんだよ」


 誇らしげに言う麗ちゃん。マスクダンサーの動画は、私と奈津と麗ちゃんの三人が協力して作ってることにしているんだよね。


「そうなのか。あの配信がなければあいつを知ることもなかっただろうし、ありがとな」

「まあね」


 それから九重くんは、視線を私に戻す。


「それはそうと、奈津のやつ今どきスマホ持ってないんだよな。家の電話も、親がとるとうるさいから、連絡する時はお前を通してくれって言われたんだけど、いいか?」

「うん。それも、話は聞いてるから」


 奈津として頻繁にやり取りしてたら、そこからうっかり正体がバレるかもしれない。だからスマホは持ってないことにして、奈津に連絡したい時は、私経由でやることになったの。

 ややこしいけど、これも正体がバレないようにするためには仕方ない。


「連絡先は、前にお前がメッセージを送ってきたやつでいいんだよな」

「う、うん。そうだけど……」


 連絡先自体は、それで大丈夫。だけど、平気でそんな話をする九重くんを見て、冷や汗が出てくる。

 私が九重くんと連絡先交換してるなんて、他のクラスの子に聞かれたら、なんて思われるかな?

 今の話、聞かれてないよね?


「なに急にキョロキョロしてるんだ?」

「ええっと……私みたいな地味な子は、注意しなきゃいけないことがたくさんあるの」


 こんなこと言っても、九重くんにはわからないか。不思議そうに首を傾げてる。


「地味って……まあ、どちらかと言うと、地味っぽいか」


 とりあえず、私が地味ってのはわかってくれたみたい。ちょっぴり複雑だけど、本当だから仕方ない。

 けど、それに納得できない子がいた。麗ちゃんだ。


「ちょっと、亜希になんてこと言うの!」

「べ、別に悪く言ったつもりはないぞ。ただ、その通りだなってだけで……」

「同じじゃない!」


 麗ちゃん、そこまで怒らなくていいから。

 九重くんは麗ちゃんの剣幕にたじろぎながらも、そうじゃないって訴える。


「違うって。確かに今は地味だけど、やろうと思えば変えることできそうだから言ったんだよ。例えばほら、この前髪とか」


 そう言って、私の前髪を持ち上げる九重くん。当然、それまで前髪で隠れていた顔があらわになる。

 その瞬間、私は反射的に声をあげる。


「わわーっ!」


 自分でもビックリするくらいの大きな声。

 クラス中の人が、驚いてこっちを見る。

 だって、いきなり髪触られるし、顔だってバッチリ見られるんだよ。

 私の顔、昔さんざんブスって言われたけど、そんなのを近くで見てどう思ったかな?

 恐る恐る九重くんを見ると、なぜか固まったみたいに硬直していた。


「あの、九重くん?」

「──っ! わ、悪い。声をあげるくらい嫌だなんて、思わなかった」

「う、ううん。いいの」


 よっぽどびっくりさせちゃったのかな? それとも本当は、私の顔見て絶句した?

 ううん。九重くんが何も言わないのなら、深く考えるのはよそう。わざわざ自分から傷つく必要なんてないよね。

 それから私達は、奈津の都合のいい日について話しをしたけど、その間九重くんは、何度も私を食い入るように見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る