第13話 男の子のふりって大変

 こうしてダンスを教えることになったけど、私は今まで自分で踊るだけだったから、教え方なんて知らない。

 九重くんたちもそれはわかっていて、まずは、普段どんな練習をしているか教えてほしいって言われたの。


「色々あるけど、まずは基礎練習かな。ストレッチで柔軟性を身につけたり、筋トレで体幹を鍛えたりするやつ。あと、リズムトレーニング」

「へぇ。早速やってみよっと」

「あっ。頑張るのはいいけど、キツイって思ったらストップして。無理すると体を痛めたり、変な癖がついたりすることがあるから」

「わかった」


 こんな風に声かけしながら練習を続けること数時間。だけど、これでいいのかなって不安になる。

 こういう基礎練習って、すっごく地味なんだよね。色んな練習を織り交ぜてはいるけど、基本はひたすら似たようなことの繰り返し。

 みんな飽きてないかな?


「ごめん。もっと一気にうまくなる方法があればいいんだけど」


 そう言うと、それを聞いた九重くんが声をあげた。


「おい、俺らをなめるなよ」


 えっ? 私、何か怒らせるようなこと言った? だったら謝らないと。

 だけど、そのやり取りを見ていた日比野くんが笑い出す。


「一気にうまくなる方法なんて、あったら誰も苦労しないでしょ。それくらい、僕達だってわかってるから。こういうのが、うまくなるためには必要なんでしょ?」

「う、うん」


 ダンスをやって一番楽しいのは、もちろん好きな曲に合わせて踊る時。けど大事なのは何かって言われると、こういう練習なんだと思う。


「まずは体力つけないと練習を続けることだってできないし、動きのキレやリズム感って、何を躍るにしても絶対必要だから、こういうのを何度も繰り返すのが、うまくなる一番の方法なんだ。それに一人で家で練習できるものも多いから、毎日時間を決めて続けたら、確実に力になる」

「「おぉーっ!」」

「……って、昔通ってたダンス教室の先生が言ってたから」


 みんな感心したように声をあげるもんだから、慌ててダンス教室の話を付け加える。

 色々語ったけど、私は先生が言ってたことをそのまま伝えただけだもん。


「へぇ。ダンス教室に通ってたんだ」

「うん。今はもうやめたけど」

「なんで? あんなにうまいなら、続ければよかったのに」

「えっと、それは……」


 思わぬ質問に、ギクリとする。

 どうしよう。どうしてやめたかは、できればあんまり言いたくない。けど、何も答えないのも変だよね。


 するとそこで、小野くんが話に入ってきた。


「俺もピアノやってた頃は、とにかく基礎が大事って叩き込まれたよ。知らない人ほど、いきなりうまく弾きたいって言うけど、うまくなるには地味な努力が必要なんだよね」

「そう。そうなの!」


 小野くんといえば、昔は賞を取るくらいのピアノ少年だった。ダンスとは違うけど、基礎練習の大事さってのは、よくわかっているのかも。


「そういえば、さっきのリズムトレーニングでは小野くんが一番できてたけど、やっぱり音楽やってた影響なのかな?」

「まあね。リズム感なら自信があるよ」


 ちょっぴり得意そうな顔をする小野くん。すると、それを見た日比野くんが口を尖らせた。


「リズムゲームでも、一度も勝てたことないからね。他のゲームなら僕の方が上なのに」


 そういえば、ゲーム配信する時は日比野くんが中心になることが多いけど、リズムゲームではいつも小野くんが勝ってたっけ。


 小野くん以外でうまいのは、やっぱり九重くん。元々スポーツ万能だし、イメージ通りに体を動かすことが得意なんだと思う。


 それに、これは全員に言えることだけど、みんな揃って表情がいいの。ダンスといえばもちろん動きは大事だけど、きちんとした表情を出せたら、見ている人を大きく引き込むことができる。

 そんな彼らが、ちゃんとした技術を覚えたらどうなるんだろう。


「どれだけうまく教えられるかわからないけど、みんなならきっと、凄いのができると思う」


 ワクワクしながらそう言うと、それを聞いた九重くんが、イタズラっぽく笑った。


「じゃあ、そうなれるよう、よろしく頼むぜ、先生」

「せ、先生!?」

「教えてくれるんだから先生だろ。何か間違ってるか?」


 そ、そりゃそうかもしれないけど、先生なんて呼ばれたら、どうしたらいいのかわからなくなるよ。


「せ、先生は、やめてくれないかな?」

「だったらよ、俺のことも、苗字で呼ぶのやめないか?」

「えっ、それって……?」

「他の奴らみたいに、恭弥って呼べよ」


 えっ? えぇっ? それって、男の子を下の名前で呼ぶってことだよね。

 けど、九重くんは私のことを男子だと思ってるし、男の子同士ではそれが普通なのかも。


「きょ……恭弥」

「おう。これからはそれで頼むぜ、奈津」


 すると、それを見た他のメンバーも一斉に言ってくる。


「恭弥が名前呼びってことは、もちろん俺達だってそうだよね」

「一人だけ特別扱いはなしだよ」

「うちは、年上年下関係ないからな。先輩って言うのもなしだぞ」

「う、うん。拓真。怜央。瞬」


 男の子たちとこんな風に呼び合うなんて、少し恥ずかしい。

 だけど、なんだか距離が縮まったみたいで嬉しかった。


「なんだかすっかり話し込んだけど、練習はどうするんだ?」

「あっ、そのことだけど、今日はもうこれくらいにしておこうと思うんだ。一気にたくさんやるより、毎日続ける方が大事だから」

「そうだな。じゃあ、今日はここまで」


 みんなけっこう疲れていたこともあって、反対する人はいなかった。

 それぞれ息をつき、九重くんは体が火照っていたのか、服のえりをパタパタさせて、中に風を送ってた。


「それにしても、けっこう汗かいたな。なあ、瞬。この前俺が泊まりに来た時置いていった着替え、あるよな」

「ああ。そこに置いてあるから、いい加減持って帰ってくれ」


 九重くん、この家に泊まったことがあるんだ。スートのみんな、仲いいんだな。

 なんて、呑気に思ってたその時だった。

 突然、九重くんが着ている服を脱ぎ始めた。


「きゃっ!」


 男装してることも忘れて叫ぶ。

 だ、だって、服を脱いだってことは、その下は裸なんだよ。いきなりそんなの見せられて平気なわけないよ!


「ん、どうした?」


 そんな私の動揺なんてこれっぽっちも気づかず、九重くんがキョトンとする。

 九重くんからしたら、普通に男子の前で着替えるだけだからなんでもないだろうけど、今も上半身は裸のままで、直視できないよ。


「お前も汗かいたなら、俺の服貸すから着替えるか?」


 九重くんはそう言いながら、ズボンも脱ごうと、ベルトに手をかける。

 これ以上見るのも、私まで着替えるのも、どっちも無理!


「お、オレはいいから。そ、それより瞬、トイレ借りていい?」


 五十嵐先輩からトイレの場所を聞いて、大急ぎて部屋から出ていく。

 男の子のふりするのって、思った以上に大変なのかも。

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