第12話 ダンス指導決定

 幸い、五十嵐先輩はすぐに再生を止めてくれたけど、私は茹でダコみたいに真っ赤になる。

 それを見たみんなは、目を丸くしていた。


「君、もしかして恥ずかしがり屋? わざわざ顔隠して配信してるのは、そのため?」

「は、はい。そうです。マスクの中身がオレだってわかったら、ガッカリさせるってのもあるけど……」

「ガッカリ? 別にガッカリなんてしないと思うけど」

「し、します。こんな地味で暗くて何のオーラもない奴がやってるなんて、誰も知りたくないに決まってます!」


 私の訴えに、スートのメンバーは一斉に首を傾げるけど、それはきっと、今の私が本当の姿だと思ってるから。

 男装をやめて奥村亜希だってバラしたら、どうなるかわからない。

 今さらだけど、とんでもないことになってるんだって、プレッシャーを感じる。


「あの。やっぱり、こんなオレが皆さんに教えるなんて無理なんじゃ……」

「おい。ここまで来てそれはないだろ!」

「ひぃっ! ご、ゴメン!」


 九重くんに怒鳴られて、反射的に謝る。だけどそこで、五十嵐先輩が間に入ってきた。


「奥村奈津くん。無理かどうかの前に、君自身はどう思っているんだ?」

「えっ?」

「もしかして、恭弥が強引に誘ったんじゃないか? 嫌なら断っていいんだぞ」

「おい!」


 九重くんが声を上げるけど、五十嵐先輩は少しも動じず、私と九重くんを交互に見る。


「だってそうだろ。いきなりこんなこと頼まれても戸惑うし、教えるってなると一回ですむもんじゃない。隣街からここまで、何度も足を運んでもらうことになる。無理言って頼めることじゃないだろ」


 五十嵐先輩の話を九重くんも静かに聞く。

 だけど区切りがついたところで、ボソリと呟いた。


「けど俺は、教えてもらうならコイツがいい」


 すると、それを聞いた五十嵐先輩も、他の二人も、揃って肩をすくめる。


「まあ、恭弥ならそう言うだろうね」

「マスクダンサーに相当惚れ込んでたからね。何が何でも協力してもらうって、意気込んでたんだよ」


 そうなんだ。

 それは、嬉しい反面、ちょっとだけ申し訳ない気持ちにもなる。


「本当に、オレなんかがみんなに教えて大丈夫なの?」


 最初頼まれた時から、ずっと思ってた。

 九重くんを応援したいって気持ちに嘘はない。けど九重くんも、他のスートのメンバーも、全員凄い人なんだよ。そんな人たちに、あれこれ教える資格なんてあるのかな?

 一緒にいることで、私が奥村亜希だってバレるのも、もちろん心配。だけどそれ以上に、私なんかが教えていいのか不安だった。


「なあ。その、オレなんかっての、やめねえか」


 急に、九重くんがそんなことを言う。それも、不機嫌そうな声で。


「俺はお前のダンス見て、本当に凄いって思ったんだよ。なのに、なんかって言われたら、俺が思った凄いはいったい何だったんだよ」

「ご、ごめん。でも……」


 反射的に謝るけど、じゃあやめるとは言えなかった。

 いくら九重くんに言われても、こればっかりは簡単に変えられない。


「でもじゃねえよ。言っとくけどな、お前のダンスが凄いって思ったのは、俺だけじゃないからな。ここにいる全員だ」

「そ、そうなの?」


 てっきり九重くん一人が特別推してたんだと思ったけど、違うの?

 みんなを見回すと、全員が揃って頷いていた。


「最初に見つけたのも一番熱を上げていたのも恭弥だけど、俺達だって凄いって思ってるよ」

「でなきゃ恭弥がいくら言っても、ここに連れてくることを許しはしなかったさ」

「正直、なんでそんなに自信ないのかわかんない」


 これって、本当に私のこと言ってるの?

 とても信じられない。だけど、言われる度に胸の奥が熱くなる。


「お前がどうしてもやりたくないなら、残念だけど諦める。けど、オレなんかって言うな。それなら、俺達がこんなこと言うわけないだろ」

「う、うん……」


 どうしよう。胸の奥が更に熱くなって、ドキドキするのが止まらない。

 スートのみんなは、私のことなんて何も知らない。ただ、ダンス動画を見ただけ。なのに、こんなに暖かいことを言ってくれる。

 私のダンスが誰かの心に届いたみたいで、嬉しかった。そんなの、無理だって諦めてたのに。

 だけどそこで、九重くんがギョッとしたように言う。


「お、おい。俺、何か変なこと言ったか?」

「えっ?」


 最初、九重くんの言ってる意味がわからなかった。

 だけど気づく。いつの間にか、自分の目に涙が溜まっていることに。


「あっ。こ、これは、違うの! ただ、嬉しくて……」


 こんなところで泣き出したら、絶対変なやつって思われる。目をゴシゴシこすって、無理やり涙を止める。

 泣いてる場合じゃない。それよりも、ちゃんと伝えなきゃいけないことがあるから。


「本当に、オレがみんなに教えていいの?」

「しつこいぞ。何度も言わせるな」


 ドクンと、もう一度大きく心臓が鳴る。

 そして、気づけば告げていた。


「お、オレでよかったら、いいよ」

「本当か!」


 とたんに、九重くんの顔がパッと明るくなる。

 彼だけじゃない。スートのみんなが、一斉におおって声をあげる。


「じゃあ、決まりだな。これからよろしく。マスクダンサー、奥村奈津くん」


 ああ、引き受けちゃった。

 もしかすると、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。

 だけど今は、不安よりも、嬉しさの方が大きかった。

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