第8話 本人の証明

 次の日。私はひとり、九重くんとの待ち合わせ場所に向かっていた。


 麗ちゃんは、自分もついて行こうかって言ってくれたんだけど、そんなことしたら本当に何から何まで頼りっぱなしになっちゃう。

 私一人でうまくやるんだ。


(バレないよね? 九重くん、私が奥村亜希じゃなく男の子だって、信じてくれるよね)


 今の私の格好は、もちろん変装した男の子の姿。

 これで、別人として九重くんと会うんだ。


 騙すことの罪悪感と、バレないかなっていう緊張感。その二つが合わさって、早くも心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてくる。


 そうして向かったのは、例の神社。

 私と麗ちゃんの秘密基地で、九重くんと会った所だ。


 約束してた時間よりちょっと早く着いて待っていると、近くの茂みがガサガサと音を立て、九重くんが姿を現した。


「えっと。あんたが、奥村の親戚なんだよな?」

「う、うん」


 今日の九重くんは、学校とは違って私服姿。

 九重くんの私服はスートの配信で何度か見たことあるけど、直に見るのは初めてだから新鮮だ。


「オレ、亜希の従兄弟で、奥村奈津おくむらなつって言うんだけど……」


 もちろん、奈津って言うのは全くの偽名。私の名前が「アキ」だから、四季に因んで「ナツ」にした。

 他にも、架空の男の子を演じるため、麗ちゃんと一緒に色々考えたんだ。


 私の従兄弟で、歳は同じ。隣町に住んでいて、たまにこっちに遊びに来ることがある。

 性格は、シャイで大人しい。


 最後の性格は、普段の私とそこまで違いはない気がするけど、男の子のフリをするのはただでさえ大変なんだから、せめて性格くらいは普段と近い方がいいってことでこうなった。


「呼び出して悪かったな。わざわざ隣町から来てくれたんだろ?」

「う、ううん。こっちに遊びに来ることは、よくあるから」

「そっか。ところでお前、中学生?」

「えっ? ちゅ、中二」

「へぇ、俺と同じか。悪い、年下かと思ってた」

「お、オレ、背低いから、同い年の人にはよく言われるんだ」


 いくら男装しても、身長はどうしようも無い。

 けど幸い、九重くんはおかしいとは思わなかったみたい。

 あとは、このままバレることなくさっさと終わらせよう。


「ところで、スピーカーのことなんだけど……」

「ああ、これか」


 九重くんが、鞄からスピーカーを取り出す。


「それ、返してもらっていい?」


 これを受け取りさえすれば、用事は終わり。

 なんだけど、そう簡単にはいかなかった。


「もちろん返すよ。ただ念の為、お前が落とした本人か、証拠を見せてもらっていいか?」

「えっ?」


 まだ返してもらえないの!?

 証拠って、そんなこと言われても、どうやって証明すればいいかなんてわからない。


「証拠って、どうすればいいの?」

「簡単だ。ダンスを見せてくれればいい。もちろんできるよな、マスクダンサーさん」

「えぇっ!?」


 た、確かに。落とした人、マスクダンサーだって証明するには、それが一番いいのかも。

 けど、今から踊るの? 九重くんの目の前で?


 今までだって、ダンス動画の配信って形で何人もの人に見られてるけど、それは画面の向こう側の人たち。

 直接誰かの目の前で踊るなんて、麗ちゃん以外だと、どんなに久しぶりかわからない。


「ど、どうしても踊らなきゃダメ? 例えば、マスクダンサーしか知らないようなことを質問して、それに答えるとか?」

「質問って、ダンスを始めたきっかけとかか? そんなの聞いても、正解なんて知らねえぞ」

「だ、だよね……」


 人前で踊るなんて緊張するけど、ここで断るのも変だよね。

 これは、やるしかなさそう。


「わ、わかった」

「おぉっ。踊ってくれるか!」


 なぜか嬉しそうな九重くん。

 まさか、ダンスまで踊ることになるとは思わなかったけど、こうなったら仕方ない。


 一度スピーカーを受け取って、スマホに繋いで、準備完了。

 ふーっと大きく息を吐いて構えると、スピーカーから、聞き慣れた音楽が聞こえてきた。


「いくよ」


 音に合わせて、手足を、体全体を動かし、大きく躍動させる。

 何度も繰り返し練習してきた動き。九重くんに見られている緊張はあったけど、それでも体は勝手に動いてくれた。


 チラリと九重くんを見ると、真剣な顔で見ている。これは、最後まで気が抜けない。

 一番盛り上がるサビの部分を終え、いよいよラスト。

 バシッとポーズを決めて、これで終わりだ。


 曲が終わっても、少しの間ポーズを維持していたけど、やがてそれを解いて九重くんを見る。


 これで、私がマスクダンサーだって信じてもらえたかな?

 すると九重くん、楽しそうに、何度もパチパチと大きく手を叩き出した。


「凄いな。動画で見てもうまいなって思ってたけど、直接見ると迫力が違う!」

「えっ? あ、ありがとう……」


 こんなにも褒められるなんて思わなかったから、私は少しの間、呆気にとられてキョトンとしていた。

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