人気の動画配信グループに男装してダンスを教えてます

無月兄

第1話 秘密の動画配信

「私達以外、誰もいないよね? 誰にも見られてないよね?


 私、奥村亜希おくむらあきは、辺りを見回しながら、何度も確認する。

 ここは神社の裏手にある、少し開けた空き地。

 神社ですら寂れていて滅多に人が近づかないんだから、わざわざこんなところに来る人なんてまずいない。

 そうわかっていても、つい心配してしまう。


「大丈夫だって。今までここで何やっても、誰かに見つかったことなんてないでしょ」


 そう言うのは、私の幼なじみの内藤麗ないとううららちゃん。

 たしかに。幼稚園の頃から中二の今まで、この場所は誰にも見つからない、私達だけの秘密基地だった。


「そ、それもそうだね」

「でしょ。それより、カメラの準備できたよ。もうスタートしていい?」


 三脚にカメラをセットし終えた麗ちゃんが私に確認をとる。

 頷くと、麗ちゃんはそばに置いていたスピーカーのスイッチを押した。


 聞こえてくるのは、大好きなアイドルグループの代表曲。

 もう何百回も聞いてるのに、心がワクワクしてきて、自然と体が動き出す。


 さあ、ダンス開始だ。

 音楽に合わせて、手足を動かす。最初は小さな動き。だけどだんだんと激しくなっていく。

 上半身を揺らし、ステップを踏み、勢いよくジャンプする。


 初めて踊った動きも、何度も何度も繰り返すうちに体が覚えて、今ではもう考える前に体が勝手に反応するようになっていた。


 そんな楽しい時間がもうすぐ終わる。

 曲は、最後のサビの部分に差し掛かっていた。


(いよいよラスト。リズムに合わせてステップを踏んで、ジャンプ! ターンからの、決めポーズ!)


 これで終了。この曲は3分ちょっとしかないけど、夢中になたせいか、それよりもさらに短く感じた。


 なのに終わった後は、何度もハアハアと荒っぽく呼吸を繰り返す。

 それは、ダンスの動きがすごく激しかったから、だけじゃない。


「亜希ーっ! もうカメラ止めたから、マスク外しても大丈夫だよ!」


 そう言われて、今までつけていたマスクを外し、大きく深呼吸をした。

 やっぱり、これをつけてるかどうかで、息苦しさが全然ちがう。

 さらに、かけていたサングラスと、頭に被っていたニット帽もとる。今まで隠してた顔を出す。

 そんな私のところに、麗ちゃんが駆け寄ってきた。


「さっきのダンス、変じゃなかった?」

「亜希のダンスはいつだって最高に決まってるじゃない!」


 大きく胸を張り、ブイサインを突き出す麗ちゃん。

 それから、麗ちゃんのスマホで、録画した映像を見せてもらう。


 マスクとサングラスとニット帽で完全に顔を隠した私が、画面の中で踊ってる。

 見た目は完全に不審者で、こうして自分の姿を見るのはちょっと恥ずかしいけど、ワクワクもする。


「この動画、あとでいつもみたいにアップするけど、いい?」

「うん。ありがとね、麗ちゃん。私、機械のこと全然わからないから」

「そんなこと言ったら、私は全然踊れないもん。それに、亜希のダンス撮るのも世の中に発信するのも、私の趣味だから」


 小さい頃から私は踊るのが好きだった。そして麗ちゃんは、動画配信を見るのが好き。

 そんな私達の趣味が合わさったのが、この遊び。


 私が踊り、麗ちゃんがそれを撮って配信する。

 そんな遊びを、私達はもう一年くらい続けていた。


「そうだ。この前あげた動画にコメントがついてたけど、見る?」

「えっ、本当? 見たい見たい!」


 私達の撮った動画は、動画投稿のできるSNSにアップしていて、そこでのユーザーネームは、『マスクダンサー』。

 さっきみたいに、マスクとサングラスとニット帽っていう、完全に顔を隠すスタイルで踊っているからっていう、実に安直なネーミングだ。


 このSNSでは、誰でもいいねを押したりコメントを送ったりすることができるんだけど、少し前にチェックした時、この動画のコメントはゼロだった。

 つまりこれが、初コメント。そこには、『うまいな。これ、もっと評価されるべきだろ』って書かれてた。


「やった! 私のダンス、こんな風に言ってくれる人がいるんだ」


 短い言葉だけど、すっごく嬉しい。


「だから、何度も言ってるでしょ。亜希のダンスは凄いんだって。この人が言ってるみたいにもっと評価されて、視聴数とかチャンネル登録とかバンバンされてもおかしくないんだよ」

「さ、さすがにそれは言いすぎじゃないかな?」


 凄いって言ってくれるのは嬉しいけど、これでも身の程は弁えてるつもり。


 マスクダンサーの視聴数は決して多くないし、有名配信者みたいにたくさんのファンがついてるわけでもない。いわゆる、底辺配信者ってやつ。


 だけどそれでいいの。ほんの少しの人が見てくれて、たまにこんな風に、嬉しいことを言ってもらえる。

 私にとっては、それだけで十分だった。


「そうかな? 例えば、マスクとかをとって顔出しで踊ったら、もっと人気が出るんじゃないの?」

「だ、ダメだよそんなの!」


 麗ちゃんの提案を、大慌てで否定する。

 私、顔出しでの配信は絶対にやらないって決めてるの。


 それは、身バレが危ないとか、トラブルになるんじゃないかとか、そういうのを心配してるわけじゃない。

 それよりも、もっとずっと単純な理由。


「私が顔を出したら、みんなガッカリするかもしれないじゃない。もしかすると、今まで見てくれてた人たちだって離れていくかも」


 なにしろ私の見た目は、地味、冴えない、華がない。そして、ブス。

 そんなの、誰も見たくないよね。それを隠すために、マスクとサングラスとニット帽で、顔のほとんどを覆ってるの。

 さらに、本当は長い髪の毛は帽子の中に入れ込んで短く見せていて、服装も、体のラインが出ないものにして、性別がわからないようにしてあるの。


「またそれ? 亜希が顔出ししたくないなら無理には勧めないけど、亜希は可愛いの! 見た人がガッカリするなんてこと絶対ないから」

「そ、そんなことないよ!」


 昔はね、そんな自覚はなかったの。

 だけど、その頃友だちだと思っていた子たちが、私のいないところで話してるのを聞いちゃったんだ。

 私のこと、ブスだって。なのに全然それに気づいていないのが笑えるって。

 ショックだった。それに、それ以来自分の顔を人に見られるのが怖くなった。

 だから普段も、できるだけ前髪を伸ばして、なるべく顔が見えないようにしているの。


「昔のこと、まだ気にしてるんだよね。ああ、もう! 私がその場にいたら、そいつら全員やっつけてやったのに!」


 ギュッと握った拳を、ワナワナと震わせる麗ちゃん。

 あの時のことは、今思い出しても胸が痛くなるけど、私のためにこんなにも怒ってくれるのは、とても嬉しいかった。


「ありがとう、麗ちゃん」


 地味でブスな私だけど、大事にしてくれる友だちがいる。

 それにほんの少しだけど、私のダンスを見て、応援してくれる人がいる。


 それだけで、十分すぎるほど幸せだった。

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