第17話 一緒にゲーム

 スートのみんなにダンスを教えるようになって、一ヶ月くらい経った。


 その間、私は毎日ってわけじゃないけど、何度も五十嵐先輩の家に行って、みんなにダンスを教えていた。

 今日みたいな休みの日は、朝から行って長い時間過ごすことも珍しくない。

 練習内容も、最近は全員で通して踊ることも多くなっていった。


「一度にやりすぎるとよくないし、今日はここまでにしようか」


 そう言うと、みんな力が抜けたように、一斉に息をつく。

 朝からずっと頑張ってたもんね。

 そんなみんなを見てると、ますます応援したくなって、今じゃ奈津になって一緒にいるのが、すっかり楽しみになっていた。


「最後のダンス、録画してたよね。あとで映像見せてよ。俺、けっこううまく踊れた自信あるんだ」


 そう言ったのは小野くんだ。

 私も、さっきの小野くんはかなり上手だったと思う。

 他のみんなも、一ヶ月しっかり努力し続けていたから、みんな目に見えてうまくなっていた。


「それでも、まだまだ奈津には適わないけどね。踊れるようになればなるほど、奈津がどれだけうまいかわかってくるな」

「オレは、みんなより長くやってただけだから」

「長くやってきたってのは、十分自慢になるんじゃないの? だからかな。奈津って細い割にはけっこう引き締まってるよね」

「そ、そう?」

「そうだよ。ほら、こことか」

「ひゃっ!」


 急に、二の腕を触られる。

 もちろん小野くんはなんの気なしにやってることだろうけど、急に男の子に触られたりしたら、ドギマギしちゃう。

 こればかりは、まだ全然慣れないよ。

 するとそれを見た九重くんが、急に声をあげる。


「こら拓真! てめーなにセクハラしてんだよ!」


 せ、セクハラ!?

 その思いがけない言葉にギョッとする。


「セクハラって、奈津は男だぞ」

「そ、そうだけど、男同士でもセクハラになることはあるだろうが。そ、それにだな、急に触るとビックリするだろ」

「なんで恭弥が怒ってるんだよ」

「それは……な、奈津はそういうの遠慮しそうだから、代わりに言ってやったんだ」


 そうなの?

 もしかして私が女だってことバレたんじゃないかと思って、ヒヤッとしたよ。


「お、オレは、別に気にしないから」


 本当は、かなりドキッとしたけどね。

 最近、九重くんは私のことで、こんな風に声をあげることが多い気がする。

 きっと、たくさん気を使ってくれてるんだろうな。


 私達がそんな言い合いをしていると、今度は日比野くんが声をかけてきた。


「今日の練習は終わりだけど、これからどうする? せっかくだし、ゲームやらない? 奈津も一緒にさ」

「いいの?」

「もちろん。っていうか、これで奈津だけ仲間はずれって方がおかしいでしょ」


 私はダンスを教えるためにここに来てるけど、実は最近は、こんな風に一緒に遊ぶことも増えてきた。

 こんなの、スートのファンが聞いたら、いったいなんて思うかな?

 私だけこんなことしてるなんて、ちょっと悪いかもって思うけど、ここで断るのも変だし、いいよね。


「うん、やる。けどオレ、ゲームってあんまりやったことないんだ」

「そうなんだ。よーし。じゃあ、僕がゲームの先輩として、色々教えてあげるよ」


 得意げに胸を張る日比野くん。そんな仕草がなんだか可愛らしい。

 日比野くんはスートのメンバーの中でも特にゲーム好きで、ゲームの実況配信をする時は一番張り切るんだ。


「それで、どんなゲームやるの?」

「うーん。色々あるけど、どれがいいかな」


 日比野くんは、部屋の隅にある棚から、ゲームソフトをいくつか持ってくる。

 実はこれ、全部スートのゲーム実況配信をするために買ったものなんだって。

 私達が話しているのを聞いて、五十嵐先輩も混ざってくる。


「これなんてどうだ? この前配信した時、評判がよかっただろ」

「あっ、いいね。奈津にやらせてみようよ」


 二人はそう言うと、さらにゲーム機を取り出して、ソフトをセット。

 普段動画や録画したダンスを映しているスクリーンに、今度はゲーム画面が映し出された。

 そのゲームの内容とは……


「えっ? これって、怖いやつなんじゃ……」


 ゲームに詳しくない私でも、なんとなく知ってる。襲ってくるゾンビを銃で撃ってやっつけるやつだ。

 五十嵐先輩が言ってる通り、この前スートの動画で実況配信したのも知っていた。

 けど、私はそれを見ていない。


「オレ、怖いのあんまり得意じゃないんだけど」


 あんまりというか、本当は大の苦手。お化け屋敷もホラー映画も無理なの。

 配信を見てないのだって、なんとなく怖そうだと思ったから。


「そうか。なら、他のにするか?」


 ありがとう九重くん。できればこのゲームはやりたくない。

 だけど、日比野くんはすっかり乗り気になっていた。


「えーっ。これ、かなり面白いんだよ。それにゾンビとかは出てくるけど、ジャンルはホラーじゃなくてアクションなんだから、怖さはほどほどだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。それに、僕がやりこんでるデータを使えば、初心者の奈津でも簡単にクリアできると思うよ」


 本当かな?

 けど日比野くん、どうやらかなりこのゲームが好きみたい。

 ここまで勧めてるのに、やりもしないで無理って言うのは、よくないかも。


「じゃあ、やってみようかな」

「やった! それじゃ、ちょっと待っててね」


 ウキウキしながら準備を始める日比野くん。

 日比野くんってスートの中でも最年少で可愛い担当ってイメージがあったから、例えゲームでも、こういうのが好きなんてかなり意外。

 けどそれなら、やっぱりそんなに怖くないのかも。

 準備を終えた日比野くんからコントローラーを渡され画面を見ると、私が操るキャラクターに向かって、何体ものゾンビが迫ってきていた。

 うっ。やっぱりちょっと怖いかも。


「主人公はかなり強くしてあるし、適当にボタンを押してるだけでも勝てるから」

「そ、そう?」


 本当かな?

 ビクビクしながらボタンを押すと、日比野くんの言う通り、びっくりするくらい簡単に敵をやっつけていく。


「そうそう。うまいうまい!」

「本当?」


 やられる心配がなくなったことで、さっきまでより怖さが和らぐ。そうして、あっという間にゾンビ達を全滅させた。


「やった!」

「おめでとう、奈津!」


 思わずバンザイすると、日比野くんがそれに向けてハイタッチする。

 ちょっぴり怖かったけど、やってよかった。

 けど、そう思ったのも一瞬だった。


「でも、まだ油断しないでね。これからボスが出てくるから」

「えっ?」


 日比野くんの言葉に、再び画面を見る。

 するとその瞬間、画面を覆うくらいのドアップで、新しいゾンビが現れた。

 しかも、今まで出てきたゾンビより、明らかに怖そうな姿なの!


「ふぎゃーーーーっ!」


 コントローラーを放り投げ、日比野くんに抱きつく。


「うわっ!? 奈津、早く戦わないとやられるよ!」

「無理無理無理! あんなのと戦えない!」


 結局、私が震えてる間に、操作していたキャラはあっさりやられてしまった。


「うぅ……怖くないなんて嘘だよ」

「ご、ごめん。まさかここまで怖がるとは思わなかったんだ」


 私の怖がりように、驚く日比野くん。

 私だって、日比野くんがイジワルしようとしたんじゃないってのはわかる。

 けど、これに黙ってられない人がいた。


「おい怜央。お前、なに奈津を怖がらせてるんだよ! あと、抱きつくな!」

「なんで恭弥がここでキレるの!? それに抱きついたんじゃなくて、抱きつかれてるんだけど!?」


 九重くん。私のために怒ってくれてるんだ。優しい。

 けど、そうだ。私は今、日比野くんに、男の子に抱きついてるんだ!


「ご……ごご、ごめんなさい!」

「奈津は奈津で、なんで謝るのさ?」

「そうだ。奈津は謝る必要なんてない。悪いのは怜央だ」

「だから、なんで恭弥がキレてるの!?」

「そ、そうだよ。オレが驚きすぎたのが悪いんだから……」


 私、日比野くん、九重くんの三人がそれぞれギャーギャー言い合って、大変なことになっちゃった。

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