第16話 恭弥side 嘘だろ……

 我ながら、バカなことを考えてるって思う。二人が同一人物なんてありえないだろ。

 けどそう思わずにはいられないくらい似てるんだよな。

 それに、今まで二人が一緒にいるところも見たことがない。


(けど、わざわざそんなことする理由がないよな。いや、でも……)


 何度も否定して、だけどその度に、もしかしたらって気持ちが湧いてくる。

 もし仮に、仮に二人が同じやつだとしたら、さっき俺は、本人にめちゃめちゃ可愛いとか言ったんだよな。それは、かなり恥ずかしい。

 ずっとそんなことを考えてたもんだから、その後の練習は、それまでにも増して散々だった。


「どうした、恭弥。今日は調子悪いのか?」

「ああ、ちょっとな」


 練習が終わった後、瞬が聞いてくるが、何を考えてたかなんてとても言えねえ。

 適当に誤魔化すと、汗をかいたシャツを脱ごうとする。

 だけどその瞬間、奈津が声をあげた。


「あっ! と、トイレ借りるね!」


 そう言って、慌てたように部屋から出ていく。

 そういえばあいつ、昨日もこのタイミングで出ていったよな。

 もしアイツが本当に亜希なら、男の裸見るのが恥ずかしくて出ていったんじゃないのか?

 っていうか、昨日俺はアイツの前でどこまで脱いだ?

 そこまで考えて、思わず頭を抱える。


「おい恭弥。本当に大丈夫か?」

「い、今はほっといてくれ」


 まずい。このままじゃ、気になりすぎておかしくなりそうだ。

 こうなったら、確かめるしかない。


 それからしばらくして、俺達は全員瞬の家を出て、自分の家に帰っていく。

 一人だけ隣街に住んでいる奈津は、車で送ろうかと言われていたが、電車で帰るからと言ってそれを断っていた。

 駅があるのは、俺や拓真や怜央の家とは逆の方向だから、瞬の家を出たところで奈津とは別れる。

 だがそのすぐ後、俺は拓真や怜央に、用事があると切り出した。


「用事って?」

「コンビニで買いたいものがあるんだよ」

「なら僕達も一緒に行こうか」

「いいって。お前達は、先に帰ってろ」


 もちろん、本当の用事はコンビニなんかじゃない。奈津のことを調べるんだ。

 けどもちろん、そんなこと言えない。

 二人と別れると、元来た道を急いで戻って、奈津の後を追う。幸い、すぐに後ろ姿を見つけることができた。

 それから、気づかれないようコッソリ後をついて行く。

 なんだか悪いことをしているみたいで申し訳ないが、これも心のモヤモヤをとるためだ。


「悪いな、奈津。別人だってわかったら、すぐにやめるから」


 尾行までしておいてなんだが、俺だって本気で二人が同一人物だって思ってるわけじゃない。

 これは、そんなバカな妄想をなくすためにやってること。

 奈津が隣街行きの電車に乗るため駅に行ったらやめよう。そう思っていた。

 だが……


「あいつ、どこ行くんだ?」


 奈津は、駅とは全然違う方向にあるいていた。

 しかもその途中、鞄の中からスマホを取り出し、誰かに連絡をとっている。

 あいつ、スマホは持ってないって言ってなかったか?


 疑問がますます大きくなる中、奈津が向かったのは、人気のない公園。そしてそこには、奈津を待っているやつがいた。


「あれは、内藤麗?」


 意外な奴の登場に驚いたが、内藤と奈津も知り合いだって言うし、会うのは別に不思議じゃない。

 そう思っていたら、なんと二人は、揃って女子トイレの中に入っていった。


「おい!」


 内藤はともかく、奈津が入るのはまずいだろ!

 けど止めようにも、二人は中に入ってしまった。

 どうするか迷っていたら、少しして内藤が出てくる。

 そしてもう一人。内藤と一緒に出てきたのは、奥村亜希だった。


「なっ!?」


 思わず声をあげ、慌てて口を塞ぐ。見つからないよう、慌てて物陰に隠れる。

 心臓が、今までにないくらい激しく音を立てていた。

 こんなの見た以上、間違いない。奈津と奥村亜希は、同一人物だ。


「嘘だろ……」


 いったいどういうことなんだよ。奥村のやつ、なんでわざわざ男なんて嘘をついてるんだよ。

 動揺する中、二人の声が聞こえてくる。


「ダンスレッスン、どうだった?」

「みんな凄く頑張ってたよ。でも、九重くんはなんだか集中できてないみたいだった。私の教え方が悪かったのかな? それとも、何か悩みがあるのかも」


 心配そうに言う奥村。悩みってのは、お前が原因なんだけどな。

 そんな奥村を見て、内藤はクスリと笑う。


「亜希、なんか凄くコーチっぽいこと言ってるね」

「からかわないでよ。だって、私のダンス見て、教えてほしいって言ってくれたんだよ。今でも私なんかって思うけど、少しでも役に立つなら、力になりたいの」


 あいつ……

 奥村の言葉に、さっきとは違う意味で、ドクンと大きく心臓が鳴る。


 俺が半ば強引に頼んだ、ダンスの指導。

 こんな時だってのに、それをそんな風に言われたのが嬉しかった。


「じゃあ、これからもコーチを続けられるように、男装も頑張らないとね」

「うん。今さら嘘ついてるってわかったら、みんな凄く怒ったり、嫌われたりするかも。騙してるようなものだから、当然だけど……」

「ちょっと亜希、顔真っ青にしない! 全然バレてないっぽいんでしょ。だったら大丈夫!」


 いや、たった今バレたんだけどな。

 けど奥村を怒ろうって気にはならなかった。

 元々俺は、マスクダンサーのダンスに惚れ込んで、会ってみたいって思ったんだ。

 正体が女子だってのは意外だったけど、それで怒るようなことはない。

「少しでも役に立つなら、力になりたい」。そんな言葉を聞いた後ならなおさらだ。


「何も見なかったことにするか」


 奥村がどんな理由で男のふりをしてるのかはわからない。

 だけど秘密にしたいなら、これ以上それを暴こうとは思わなかった。

 今見て聞いたことは、俺一人の胸にしまっておこう。もちろん、他のスートのメンバーにも内緒だ。

 俺達と一緒にいる時のあいつは、奥村亜希じゃなくて、奈津。それでいいだろう。


 ただ、今度から奈津の前で着替えるのはやめておこう。

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