第3話 人気の動画配信グループ
ダンスの練習をしているのを九重くんに見られた次の日。私は、憂鬱な気分で学校にやってきた。
「スピーカー、どうしよう」
九重くんが、雨に濡れて壊れるといけないからと持って行った、私のスピーカー。
わざわざ書き置きまで残してくれたんだから、善意でやってくれたんだと思う。
実際、あれから間もなくして雨が降ってきたし、そこは素直にありがとうって思う。
だけど、どうやって返してもらう。
連絡先が書いてある紙はあるから、あとはそこに電話をかけるか、メッセージを送ればいいだけ。
だけど、昨日は結局、何もできなかった。
だって、スピーカーを返してもらうには、また直接会わなきゃいけないんだよ。
そんな時までマスクやメガネで顔を隠すのは、さすがに不自然。
だけど素顔で会うってことは、あの時踊ってたのが私だってバラすことになる。
私みたいな地味な子が、あんなところで顔を隠して踊ってる。
そんなの知ったら、なんて思われるか。
普段見ている九重くんは、誰かのことをバカにするような人には思えない。
だけど、誰かにダンスや動画配信のこと知られたらって考えると、それだけで胸が苦しくなってくる。
(麗ちゃんに事情を話して、かわりに会ってもらう? ううん、そんなのダメ!)
このことは、まだ麗ちゃんには話してない。
きっと麗ちゃんは、私が困ってるって知ったら、全部やってくれる。
それはとても嬉しいけど、すごく申し訳ない気がするの。
私が失敗したせいでこうなったんだから、麗ちゃんに丸投げするなんてしたくなかった。
「やっぱり私が何とかしなきゃ。全部話して、スピーカーを返してもらう。あと、昨日見たことは誰にも言わないでって頼むんだ」
なけなしの勇気を振り絞って、決意を固める。
とりあえず、連絡先にメッセージを送ろうかな?
そう思っていると、教室にいる女の子の何人かが、急に声をあげて騒ぎ始める。
なんだろうと思って目を向けると、何人もでひとつのスマホを覗き込んでいた。
「ねえねえ、昨日配信されたスートの動画見た?」
「新しい動画、アップされてたの!?」
「見てないの? 今回も最高だったから! 今から見ようよ」
スートって言うのは、四人組の動画配信グループ。
最近、うちの学校では大人気。と言うか、知らない人を探す方が難しいんじゃないかな?
配信内容は、ゲームしたりスポーツしたりと色々だけど、人気の理由のひとつは、四人全員がイケメンであること。
一人一人がカッコよくて、キラキラしたオーラを放ってるの。
そして、人気の理由はもうひとつ。
「あっ。スートのみんなが登校してきたよ!」
教室の、窓際にいた生徒の一人が、外を見ながら声をあげる。
すると、さっきまで動画を見ていた子達も、窓の方に寄っていく。
私も、窓に近づいて外を見ると、校庭を歩く4人の男子が見えた。
この4人こそ、さっき言ってたスートのメンバー。
全員この学校の生徒なの。
「あんな人達がすぐ近くにいるなんて、この学校入ってよかった!」
一人がそう言うと、周りの子も一斉にに頷く。
そうだよね。実はスートは個人的に活動しているアマチュアグループで、テレビに出たりはしていない。視聴数やチャンネル登録者数だって、トップレベルってわけじゃない。
だけど本人たちが身近にいて、キラキラしたオーラをいつもそばで感じていたら、どうしたって魅力的に見えちゃう。
だからスートの四人は、この学校だとアイドルや芸能人に負けないくらいの人気なの。
「みんなは誰推し? 私は五十嵐先輩。密かに応援するために、ダイヤのマークの小物集めているんだ」
「それ、全然密かにじゃないから。私だって小野くん推しだから、ハートの形したアクセサリーつけてるもん!」
最初に騒いでた子たちが、また盛り上がる。
スートってのはトランプのマークの意味で、メンバーはそれぞれ、誰がどのマーク担当か決まっているの。
リーダーである三年生の五十嵐瞬先輩は、ダイヤ担当。
入学して以来テストで一度も学年トップを譲ったことのない秀才。だけど決してガリ勉タイプってわけじゃなく、いつもみんなの中心にいる。
スートを結成したのも彼だって言われてるの。
私達と同じ二年生の小野拓真くんは、ハート担当。
以前は天才ピアノ少年としていくつも賞を取ってたらしいんだけど、今は配信活動の方が楽しいって言ってる。
動画でも、時々ピアノの腕を披露したり、オリジナルの曲を作ったりしてるんだ。
クローバー担当は、一年生の日比野怜央くん。
親が有名なメイクアップアーティストで、彼自身もすっごくオシャレに詳しいの。
動画でも時々、映えるメイクや合った服の着こなし術を紹介している。
あとゲームが好きで、実況配信もやってるんだ。
今年からうちの中学に入学してきたんだけど、スートの活動は去年からしていたから、入学式では彼を見て歓声があがったんだ。
じゃあ、スペード担当は誰なのか。
実はそれが、今私の頭を大いに悩ませている人なの。
みんなが騒いでいたスートの四人は、いつの間にか窓からは見えなくなっていて、それから少しして教室の扉が開く。
「よう。みんな、おはよう」
入ってきたのは、九重くん。
その途端、再び教室中から声が上がった。
「九重くん。昨日のスートの配信見たよ!」
「今回もかっこよかったから!」
「おっ、ありがとな!」
キャーキャー騒ぐ子たちに、笑顔で答える九重くん。
彼が、スートのスペード担当。
他の誰よりも運動神経が良くて、色んな運動部から助っ人を頼まれることもある。
スートは体育系の企画を配信することもあるけど、そういう時は彼の独壇場だ。
そしてうちのクラスでは、スートのメンバーの中でも、多分一番人気。
実は、実はね。私がマスクダンサーとして動画配信を始めたのも、同じクラスにこんな凄い人がいるなら、私も何かやってみたいって思ったからなの。
そんな人に、踊っているところを見られた。
これから、あれは私ですって言って、スピーカーを返してもらわなきゃならない。
考えただけでも、恥ずかしさと緊張で頭がどうにかなっちゃいそう。
それでも、なんとかしなきゃ。
震える指で、私はスマホのメッセージアプリを開いた。
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