第30話 みんなからの言葉

「資格があるとしたら、一緒にいて楽しいかどうかだよ。僕は、奈津と一緒にいて、ダンス教えてもらって、ゲームして、楽しかったよ。奈津は、僕達といて楽しくなかった?」


 楽しくないわけない。みんなにダンスを教えて、上手くなっていった時は嬉しかった。

 一緒にゲームした時は、びっくりしたけど、ワクワクもした。


 次に前に出てきたのは、小野くんだ。

 小野くんは他のみんなとは違って、静かに問いかけてきた。


「奈津はさ、自分は逃げ出すような奴だから、俺達と一緒にいるのはふさわしくない、みたいに思ってる?」

「…………うん」

「じゃあ、俺ももうスートにはいられないかな。俺だって、逃げ出したことがあるからね」

「えっ?」


 サラリと言い放たれた言葉。私は、その意味がわからなかった。

 逃げ出したって、どういうこと?


「奈津は、俺のことどんなやつだって思ってる?」

「えっ。それは、スートのメンバーで、クローバー担当。音楽が得意で、天才ピアノ少年として活躍してて、たくさんのコンクールで賞をとってた」


 私じゃなくても、スートのファンが小野くんについて聞かれたら、多分ほとんどが似たようなことを言うと思う。


「そう。天才ピアノ少年。けど今はコンクールにはほとんど出てなくて、動画につける曲を作る方が楽しいけどね。だってピアノは、やればやるほど、悪口や陰口を叩かれてたから」

「えっ……」


 日比野くんは、ほんの一瞬だけ、悲しそうに目を伏せる。

 それから、驚く私に向かってさらに言う。


「奈津とだいたい同じような感じかな。最初は、同じピアノ教室に通ってるやつらの態度が悪くなって、わざと聞こえるくらいの距離で、才能ないとか、聞いてて不快になるとか言われたよ」

「そんな……」

「嫉妬してるんだろうなとは思ったけど、やっぱり嫌な気持ちにはなったな。そんなの言われてまでピアノをやりたくないって思って、やめちゃったんだ」


 嘘でしょ?

 小野くんの言う通り、それは、私がやられたのとほとんど同じこと。

 まさか小野くんが、そんな目にあってたなんて。


 他のみんなを見てみると、誰一人驚く様子はなく、黙って聞いている。みんな、知ってたの?

「ご、ごめん。私、酷いことを……」


 逃げ出すような奴は、みんなとは一緒にいられない。

 そう言ったことを後悔する。

 それを聞いた小野くんは、一体どんな気持ちだったんだろう。


「謝らなくていいから。僕も、ピアノをやめた時は、そんな自分が嫌いだった。けどね、僕だけじゃなく、他のみんなも似たようなものなんだ」

「みんなって、スートのみんなのこと?」


 また、思いもよらない言葉が出てくる。

 すると五十嵐先輩が、フーッと大きく息を吐く。


「成績が良かったり運動ができたり顔がよかったり、目立つやつってのは、嫉妬や反感を買うもんだ。陰口を叩いたり、足を引っ張ろうとしたり、そういうやつらは必ず出てくる。それで思ったんだよ。ならこっちも目立つやつらを集めて、好き勝手やってやるって。そしたら、そういうくだらないやつらも、少しは黙るんじゃないかって思ってな」

「それって……」

「スートができたのは、そういう理由だ」


 そんなの、知らなかった。

 私はもちろん、麗ちゃんも初めて聞いたみたいで、目を丸くしている。


「これでもまだ、俺達と一緒にいる資格はないって言うか?」

「逃げたっていいんだよ。スートは、そんなやつらの集まりだからさ」

「また、みんなで楽しいことたくさんしようよ」

「俺達は、お前と一緒にいたいんだよ!」



 いったい、なんて答えればいいんだろう。

 みんなが手を差し伸べてくれること、凄く嬉しい。また、みんなの所に行きたい。

 でも、本当にいいのかな?

 これだけ言われても、まだ決断ができないでいた。


 その時、画面の向こうから、全く別の声が聞こえてきた。


「皆さん、次が出番です。ステージに出る準備をしてください」


 スートの順番が、とうとうやって来たんだ。


「くそっ、もう時間かよ!」

「もうちょっとだけ、何とかならない?」


 みんなはまだ何か言おうとしてたけど、もうそんな時間はない。


「みんな、行って。待ってる人、たくさんいるから」


 逃げ出した私がこんなこと言うなんて、変な話。

 だけどみんなも、今どうするべきかはわかっていて、ステージに向かって移動しようとする。

 それでも、通話を切ろうとしたその時、九重くんが画面に齧り付くように顔を近づける。


 そして、叫んだ。


「奈津。俺、お前のこと好きだ」

「えっ……?」


 急な言葉に、頭の中が真っ白になる。

 驚いたのは他のスートのみんなも同じみたいで、何言ってるんだってザワつく。

 そんな中、九重くんはさらに続けた。


「お前、自分じゃ気づいてないかもしれないけど、めちゃくちゃ可愛いんだよ。俺達がダンス教わって、前より上手くなったかなって思った時、誰より喜んでたの、気づいてるか? 初めてみんなで合わせて踊ってた時、すげー嬉しそうに笑ってたろ。そんなの散々見せられて、好きになるなって方が無茶だろ! そんなお前と、これからも一緒にいたいんだよ!」


 九重くんの言ってる好きが、どういう意味の好きかはわからない。

 けど必死になって叫ぶたびに、ドクンドクンと、私の心臓の音が大きくなっていく。


「ステージ中でも、終わった後でも、奈津が来てくれるの、いつでも待ってるからな。それが無理なら、せめて俺達のステージを見ていてくれ!」


 そこまで言って、通話が切れる。

 スマホの画面は真っ暗になって、それを持っていた麗ちゃんと、顔を見合わせた。


「どうする、亜希?」


 尋ねる麗ちゃん。

 答えは決まっていた。


「行く。行って、みんなのステージを見る!」

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