第26話 恭弥side なんでだよ……

 走り去った奈津。

 それを見た長嶺ってやつは、勝ち誇ったような顔をする。


「あの子、ずっとあなた達に嘘ついてたのよ。酷いでしょ。それだけじゃないわ。ダンス教室でどんなだったか、教えてあげようか?」


 俺が何も言わないのを見て、愉快そうに話を続ける。

 けどそれは、俺にとって凄く不愉快だった。


「そう言って、奈津を脅しでもしたのか?」

「えっ?」

「俺達にバラすぞとでも言って、奈津を脅したのかって聞いてるんだ」

「なっ……!?」


 答えに詰まり目が泳ぐ。その反応だけで、その通りなんだろうってことがわかった。


「わ、私は、みんなのためを思って……」

「俺達のことを思ってるなら、余計なことはするな。もちろん、奈津のことをあれこれ言いふらしたりもすんじゃねえ!」

「ひっ……」


 脅かすように言うと、小さく悲鳴をあげて後ずさる。

 スートのファンって言ってたけど、確実に嫌われただろうな。


「な、なによ。もしかして、知ってたの? あの子が、女の子だってこと?」

「だったらどうだって言うんだよ」


 知っていた。けれど、詳しく説明するのも面倒だ。

 それより、今気になるのは奈津のこと。これ以上、こいつに構ってる暇はなかった。


「これ以上、余計なことはすな。もししたら、ただじゃおかねえからな」

「は、はい……」


 凄みながら脅しつけると、後はもう放っておいて、走り去っった奈津を探す。

 さっきとほとんど同じパターンだ。


 違うのは、奈津の姿を完全に見失ってること。

 闇雲に探しても、見つかるかどうかわからない。なら、どうする?


 少し迷ってから、スマホを取り出し、電話をかける。

 奈津はスマホを持ってないってことになっているけど、亜希なら別だ。


 何度もコール音が鳴るが、一向に出てくれない。

 気づいていないのか。それとも、出たくないのか。


 奈津がどんな気持ちで逃げ出したのかはわからない。けどこんな形で女だってバラされるのは、本意じゃなかったはずだ。

 なら、今はどんな気持ちでいるんだろう。


 焦る中しばらく待ち続けると、ようやく電話が繋がった。


「奈津? いや、亜希か? 今、話できるか?」


 正直、とにかく連絡とろうってことで頭がいっぱいで、何を話そうかなんて考えてなかった。

 それでも、まずは声を聞きたかった。


「…………ごめん」


 小さく一言、泣きそうな声で告げられる。


「なんで謝るんだよ」

「だって、オレ…………私、みんなに嘘をついてた」

「お前が女だってことか? そんなの、とっくに知ってたよ」


 電話の向こうで、息を飲むのがわかった。


「最初は驚いたけどさ、男でも女でも、奈津でも亜希でも、同じ人間ってのに変わりはないだろ。なら、それでいいじゃないか」


 どうしてそんな嘘をついたかは知らない。

 だけど、それで自分を責めたりはしてほしくなかった。


「そんなことより、今どこにいるんだよ。もうすぐコンテストも始まるし、そろそろみんなと合理しようぜ」


 こんなの、全然大したことない。

 そう伝えられたら、すぐにいつもの調子に戻ってくれる。そう思ってた。

 だけど……


「ごめん。私、行けない。もう踊れない」

「えっ?」


 さっきよりも、ずっと泣きそうな声が届く。


「私ね、ダンスから逃げ出したんだ。私が踊っても、バカにされるだけ。そう思ったら怖くなって、全然楽しくなくなった。そんな私に、みんなと一緒に踊る資格なんてない。一緒にいる資格なんてない。コンテストには、私抜きで出て」

「お前、なに言ってるんだ?」


 奈津が何の話をしているのか、全然わからない。

 だけどなんとなく、このままじゃいけないって、直感が告げていた。


「待て、奈津。どういうことかちゃんと話してくれ。いや、嫌なら無理に話さなくていいから、まずはちゃんと会おう」


 とにかく、奈津をこのままにはしておけない。

 なんとか会おうとしたけど、ほしかった返事は返ってこなかった。


「ごめん!」


 叫ぶように謝まられて、唐突に電話が切れる。


「奈津? おい、奈津!」


 名前を呼ぶが、もちろん聞こえるはずがない。

 もう一度電話をかけてみたけど、何度呼び出しても一向に出ない。


「なんでだよ……」


 女だと隠してたこと、気にしないって言ったら、すぐに解決すると思ってた。

 なのに、どうしてこんなことになってるんだよ。


 こんなことになるなら、あの長嶺ってやつから、もっと話を聞いておくべきだったか? そう思ったけどもう遅い。


 どうすればいい? 焦る中、スマホの着信音が鳴る。

 奈津かと思って画面を見ると、表示されたのは、内藤麗からのメッセージだった。

 少し前に俺が奈津の代わりに送ったメッセージの返事だ。


 その内容を読んで、再びメッセージを送る。


『奈津のことで話がある。今から会えるか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る