第5話 とんでもない失敗

「知り合いって、なんで本人は来ないんだ? 奥村は、そいつとどういう知り合いなんだ?」

「えっ?」


 どうしよう。とっさについた嘘だから、細かいことなんて何も考えてない。

 けど一度言い出したからには、今更嘘なんて言えない。

 何とかしてごまかさないと。


「そ、その子は私の親戚の男の子で、隣街に住んでるから、この学校の子じゃないの。だから、かわりにスピーカー返してもらえないかって頼まれたの」

「それって、俺がこの学校にいるって知らなきゃ、奥村に頼んだりしないよな。そいつ、俺のこと知ってるのか?」

「それは……ほ、ほら。スートの動画見て知ってたんだよ」


 こんなのバレない? おかしいところない?

 不安になりながらも、どんどん嘘に嘘を重ねていく。


「なるほど、わかった」

「よ、よかった。だから、その、スピーカー返してもらえないかな?」


 これで返してもらえたら、全部丸く収まる。

 だけど、そううまくはいかなかった。


「スピーカー、今は俺の家に置いてあるから、また今度でいいか?」

「うん。それは、かまわないけど」

「それと、もうひとつ。返すのは、本人と直接会ってじゃダメか?」

「えっ? な、なんで?」

「こういうのって、本人に渡した方がいいと思うから」


 そ、そうだよね。

 例えば、私がたまたまこの紙を拾って嘘をついてる、なんてことだって考えられるわけだし、ちゃんと本人か確認するのは大事。


 で、でも、本人と会わせるのなんて無理。

 だって、そんな子いないもん。


「けどその子、住んでるのは隣街だから……」

「それくらいなら、電車一本で来れるだろ。現に、昨日は来てたわけだし」

「忙しくて、なかなか時間がとれないかも」

「なら、俺がそいつのところに行ってもいい」


 ど、どうしよう。

 こんなことになるなら、嘘なんてつくんじゃなかった。

 今さら、実は私でしたなんて言っても、信じてもらえないよね。


 けど九重くん。いくらなんでも慎重すぎない?

 私、そんなに信用ならないのかな。嘘ついてるから、胸張って信用できるとは言えないけど。


「悪い。こんなこと言って、お前にもそいつにも迷惑だよな」

「べ、別に迷惑ってわけじゃ……」

「いや。あれこれ理由つけてるけどさ、本当は、俺が会ってみたいってだけなんだ。マスクダンサーに」


 えっ────?


 一瞬、時が止まったような気がした。


 ちょっと待って。ちょっと待って。ちょっと待ってっ!!!

 こ、九重くん。今、なんて言ったの?


「ま、ま、マスクダンサーって、九重くん、知ってるの?」


 嘘でしょ。だってマスクダンサーって、ほとんど誰も見ていない底辺配信者だよ。

 なのに、なんで知ってるの? しかも会いたいって、なんで!?


 わけがわからずパニックになるけど、それを見て、九重くんの目が鋭くなる。


「その反応。やっぱりアイツが、マスクダンサーなんだな。頼む。俺を、アイツに会わせてくれ」


 そう言って、なんと頭を下げてきた。

 い、今すぐ頭上げて! こんなことされたら、すっごく申し訳ない気持ちになるから!


「ダメか?」


 だ、ダメです。無理です。

 なんでかは知らないけど、九重くんが本気で会いたがっているのはわかる。

 けど、今さら私だなんて言えないよ!


 そんなこと知らない九重くんは、詰め寄るように私に近づいてくる。

 思わず後ずさるけど、後ろに壁があるせいで、追い詰められる形になる。

 ど、どうしよう。

 心底困り果てた、その時だった。


「ちょっと! あなた達、何してるの!?」


 急に聞こえてきた、私達とは全く別の声。

 振り向くと、そこには驚いた顔で麗ちゃんが立っていた。


「麗ちゃん!? どしてここに?」

「亜希の様子がおかしかったから、心配になって探してたんだけど……それよりも!」


 麗ちゃんはそこまで言ったところで、私を庇うように九重くんの前に立った。


「今、亜希に無理やり迫ってたように見えたんだけど、どういうこと?」


 ふぇぇっ!?

 麗ちゃん、なに言ってるの!?


 いつも私のことを大事にして、困った時は味方でいてくれる麗ちゃん。

 例え九重くんを相手にしても、それは変わらなかった。

 麗ちゃんだってスートのファンで、普段は九重くんにもキャーキャー言ってるのに。


 九重くんも、警戒心むき出しの麗ちゃんには慌てたみたい。


「待て待て。何を勘違いしてるのか知らねーけど、俺は、コイツの親戚に会わせてほしいって言ってただけだぞ!」

「親戚? どういうこと?」


 思わぬ言葉に、勢いが弱まる麗ちゃん。

 それを見た九重くんは、一気に話し出す。


「コイツの親戚に、ダンス動画の配信やってる、マスクダンサーって男がいるんだよ。で、俺はそいつに会いたいから、なんとかならないかって頼んでたんだ」


 ちょっと待って!

 麗ちゃんにその説明はまずい。麗ちゃんは、私がマスクダンサーだって知っている。

 思った通り、すっごく怪訝な顔をしていた。


「はぁ? 親戚? マスクダンサーって男? 九重くん、なに言ってるの? マスダンサーならここに──」

「うわぁぁぁぁっ!!!!」


 大声を出して、麗ちゃんの言葉を無理やり遮る。

 こんな形で私がマスクダンサーだとバレるなんて、絶対イヤ!


「う、麗ちゃん。色々誤解してると思うから、あっちで話そう」

「えっ。ちょっと亜希!?」


 グイグイと麗ちゃんを押して、ここから離れようとする。

 このままだと、あっという間に私の嘘がばらちゃいそう。

 だけど、九重くんがそれを止める。


「待て。俺の話がまだ終わってないぞ」


 ま、待てないもん。麗ちゃんと九重くん、このまま話をさせたら、とっても危険。

 一刻も早く立ち去らないと。

 焦った私は、つい言っちゃった。


「ま、マスクダンサーに会いたいんだよね。わかった。私からその子に、会ってほしいって頼んでみるから!」


 叫ぶよに言うと、九重くんも納得したみたい。

 それ以上、私達を引き止めようとはしなかった。


 そのまま麗ちゃんを連れて、さっさとその場を立ち去る。


「ねえ。いったいぜんたい、どういう状況なわけ?」

「色々あったの。本当に、すっごく色々」


 私だって頭の中がぐちゃぐちゃで、一度落ち着きたいよ。

 ただひとつ。自分がとんでもない失敗をしたことだけは、なんとなくわかった。

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