第7話 皇帝は嘘をついている
地面がどくどくと波のようにうねる。
歩兵たちが持ち上がり、投げ出される――と思いきや、ぱちん、と指を鳴らす音がした。
突然地面がもとの位置に戻った。
歩兵たちの後ろから、よく通る声がする。
「こんな小細工など効きませんよ」
進み出てきたのは、カイエ帝国軍の薄く軽い鉄製の甲冑をつけた中背の若い男だった。顔の造作一つ一つの線が柔らかく、ずっと眺めていたくなるような気持ちにさせる。
ヤクブが剣を抜く。
「おまえは誰だ」
男はにやりと笑った。
「ハルドゥン」
カディーヤが叫ぶ。
「気をつけて。技消しができるんだ」
ムサがセリムを背にかばいながらうめく。
「技を無効にできるのか」
ヌールが何も言わずにハルドゥンに飛び込んだ。その右手は剣の柄を握っている。ハルドゥンはヌールが突き出す剣先を自らの剣で受け止めた。
速い斬撃どうしが甲高い音を立てて交差する。
同時に歩兵たちが一斉に矢を放った。ムサとセリム、ネディムとカディーヤ、ケマルとハリルそしてヤクブがぱっと散る。
七人は歩兵たちを背後から襲った。ムサとセリムは振り向いた歩兵をそれぞれ拳で殴打する。
家々から赤い布を頭に巻いた人々が武器を手に手に飛び出した。ネディム、カディーヤと一緒に歩兵たちに襲いかかる。
ケマルとハリルは技を使うのを断念した。技消しがいるのであれば、素手で戦う他ない。歩兵たちの腹に正面から突っ込み、地面に倒す。
夕焼けに染まる中、ヌールとハルドゥンは無言で打ち合う。
セリムが歩兵の頭に蹴りを決めた。そしてその歩兵が取り落とした弓矢を拾い上げ、ハルドゥンを狙い、射る。
鏃をハルドゥンが斬って落とした。
ヌールがハルドゥンに斬りかかる。
振り返りざまにハルドゥンが剣を振るった。再びヌールががっきと受ける。
――このままだとヌールが殺られる。
セリムは大声を上げた。
「ウトカンのところへつれてゆけ」
その場にいた全員がぴたりと止まる。
セリムは続けて言う。
「俺の首を斬るなら、その前になぜ俺が追われているのかをウトカンに説明したい」
ハルドゥンが剣を鞘に収めた。
「それならここで言いたまえ。聞くだけは聞く」
セリムがケマルを見て、うなずいた。
ケマルが一歩前に出て、声を張り上げる。
「皇帝ジャムスは嘘をついている」
再び沈黙。
藍色の夜空に、星がまたたき始めた。
その星を指でさし、ケマルは言った。
「ジャムスは言った。セリム皇子が『大波乱』を起こすと。ゆえに首をとれと。私は天文省の星読みだ。そんな星の託宣は――ない!」
歩兵たちがざわつく。
ハルドゥンが優しげな目をつり上げる。
そもそも星読みは、天文省でそれを担当する役人にしかできない。天文省で勤めるためには、星読みの膨大な知識と、適性が必須だ。その試験を突破できるのは百人に一人といわれる。
だから星読みの真偽を判別できるのは、天文省の役人、それも星読みを担当する限られた役人だけなのだ。
その星読みが、「皇帝の星読みは間違っている」と断言している。
ケマルはつばを飛ばしてまくし立てる。
「そもそも星が、誰かの命を奪えなどと命ずるはずがない!私はジャムスが読んだ星の配置図を持っている!」
胴体に結わえつけた包みから大きな紙切れを取り出し、ばさりと広げた。
「見よ!この星の配置を。これはただ単に『大波乱』の予告だけだ。そして――」
すーっと息を吸い、ケマルは、ひときわ大きな声で宣言した。
「この『大波乱』を収め、安寧をもたらすことができるのは、ここにいる、セリム皇子だけである!」
歩兵たちが口々につぶやき始める。
「ほんとうなのか」
「だまされた?」
「しかし、星読みがほんとうかどうかなんて、役人にしかわからない……」
ハルドゥンがケマルをにらみつけたまま、静かに言った。
「天文省の出先機関は帝国各地にある。ここランカにも星読みの役人はいる。彼にもその配置図を読ませてみれば一発でわかる」
「よろしい」
ケマルが自信たっぷりに胸をそらす。
「ゼキを呼べ」
ハルドゥンが歩兵に命じる。
歩兵たちは山を駆け下りた。
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