第19話 死ぬも生きるも一緒ですよ
「いかがいたした。何ゆえ泣くのだ」
セリムがケマルの目元に手を伸ばす。ケマルは袖で目をぐいとぬぐうと、真面目な顔つきになって言った。
「お話し申し上げる時があるとすれば、殿下が無事に皇帝となられた時でございます」
「では、兄は俺に位を譲るということになるのか」
「うまくゆけばそうなります。今上陛下におかれましては帝国を間違いなく統治なされておいでです。しかし『大波乱』が起これば、陛下だけでは収めることができません。殿下と共に『大波乱』を収束させることが必要です。しかるのちに位を殿下にお譲りいただく」
「しかし俺は、先帝の子ではない。皇帝の位についてもよいものだろうか」
「陛下が殿下に自害をお命じになられたのは、星読みの結果もありますが、もっとも大きな理由は、殿下が先帝のお子ではないことです。ですが殿下。まことに帝国の安寧を保つために、皇帝の血筋が必要でございましょうか。皇帝の血筋に生まれた者であっても、『大波乱』を引き起こした者もおります。逆に大きな過失なく統治を行った者もおります。つまり」
ケマルは息をふうっと吐いた。
「皇帝にふさわしい働きができる者が皇帝になればよいということです」
セリムは目を閉じ、また開く。
「俺にそれができると思うか、ケマル」
「やるしかありません、殿下」
「何をすればよいかわからないままだ」
「お味方を増やしたではありませんか。それもご自分のご判断と行動で」
「それもおまえの助言に従っただけだ」
「実際におやりになられたのは殿下です。もし万が一殿下に皇室の血が流れておられないことが世に流れたとしても、殿下ご自身でお味方を増やされたということで、その事実はなかったことになります」
「そううまくいくものだろうか」
「信じております、殿下」
ケマルは涙を流してセリムに笑って見せた。
するとばたばたと何人もの足音が鳴り響いた。そして次々と床に平伏する。
振り返ったセリムとケマルが立ち上がり、ミカエラとイネスは飛び起き、四人で大声を上げた。
「おまえたち、聞いていたのか?」
ムサが人のよさそうな顔をほころばせる。
「殿下のことが心配だったものですから」
ヤクブが鼻の下を指でこする。
「俺といい勝負をなさったじゃありませんか。お忘れですか?」
ハリルがえらの張った顔に笑みを広げる。
「ケマル、俺にも話してくれたらよかったのに。水くさいぜ」
ヌールがセリムのそばに膝を進める。
「まだ俺に、拳闘を教えてくださっていませんよ」
ハルドゥンが優しげな顔で優しく語りかける。
「俺は技消しです。そばに置いて損はなさいませんよ」
バルタオウルがしわに埋もれた目を細めて笑う。
「これから面白くなるところではございませんか。老い先短い年寄りの楽しみを奪わないでいただきたい」
ザガノスが深々と頭を下げる。
「本来『地の母』の神官はまつりごとには口出しをせぬ約定となっておりますが、事情を伺ったからには、お助けせぬ道理はございませぬ。片腕の身ではありますが鍛練は続けております。どうぞ殿下の護衛の末席に加えてくださりませ」
エメルがほがらかに言った。
「一緒にいますからね、殿下!」
アルタンが胸を張る。
「宮殿の警備については熟知しております。陛下のもとへ殿下をご案内できまする」
バイラムが明るい声で言う。
「トゥグルクの手綱は俺にお任せを」
トゥグルクはセリムに初めて笑みを見せる。
「俺もおそばにおります。まだ一発殴らせていただいておりませんからね」
ネディムの目に嬉し涙が光る。
「全力で支える」
ミカエラとイネスが視線を交わし、揃ってひざまずいた。
「殿下、陛下へのお目通り、このミカエラもお助けいたしまする」
「このイネスも殿下のお味方になります」
ケマルがセリムにうなずく。
「殿下。もう我らは、死ぬも生きるも一緒ですよ」
セリムの目に涙が盛り上がった。その目のままで一同を温かく見渡す。
「ありがとう。そなたたちに誓う。私はそなたたちが仕えてよかったと思える君主となる」
言ってセリムは、都に向かう方法を皆と考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます