第4話 俺は死にたくない

 いかにして四人を味方にするべく説得するか。

 どんな説得であればこの四人が首を縦に振るか。

 時を無駄に費やしたくないセリムは、まずヤクブに言った。

「おまえの剣の腕前、俺のために活かさないか」

 ヤクブは無表情にセリムの申し出を切り捨てる。

「断る。俺は陛下の兵士だ」

「どのみち俺の首をとれなければ、皇帝に首をはねられるだけだ。これほどの腕前の持ち主を俺なんかのために死なせるのは惜しい」

「やけに腰が低いのだな。皇子のくせに」

 そもそも彼の生母は、亡き父ハイダル二世が十三年間も戦火をまじえた末にようやく臣従を誓ったアルドナ半島の地方勢力、ランカ国の統治者の娘だったのである。ハイダル二世にはすでに皇后がいた。そのため征服された国の娘の扱いは軽かった。そしてすでに皇后から生まれた皇位継承者である第一皇子ジャムスがいるため、セリムが生まれても母レイハーネの地位は低いままだった。

 だからセリムは、必要とあらばいくらでも低姿勢に出られるようになったのである。

 ――誰かを見下ろすように話しても、誰も聞いてはくれぬのだよ。見上げるように話せば、少しはおまえの言うことに耳を傾けてやるかという気持ちになるかもしれない。

 レイハーネは幼いセリムに常々こう語りかけていた。

 セリムはもう理屈が思いつかない。だから言った。

「ああ、俺はいてもいなくてもいい皇子なんだ。現にジャムスはおまえたちを使って俺を殺そうとしている。俺がいたのではカイエのためにならないということだ。ジャムスは俺に自害せよと言った。俺は死にたくない。だから逃げた。ここにいて俺に無理難題を言ってくるケマルも一緒に逃げてくれた。なぜと聞いたらあいつは何と答えたと思う?」

 ヤクブはなんと真面目に考え出した。

「主君だから?」

「それもある」

「思いつかん。ヌール。おまえ、どう思う」

 困り顔のままヌールが言う。

「大事だから」

「あいつが俺にそんなこと言うわけがないだろ」

 セリムが心底嫌そうな声を出した。

 丸まったままムサが言う。

「陛下に取って代われる力を持っているから」

「そうだとしても、ケマルは滅多に俺をほめないのだ」

 ハリルが立ったまま口を開く。

「一緒にいたいから」

「当たりだ!」

 言ったのはケマルだった。彼はまた、ぱん、と手を叩いた。するとセリム、ヤクブ、ヌール、ムサ、そしてハリルの体がぐらりと揺れる。

「動けるようになった!」

 セリムと四人の追っ手たちは抱き合って喜んだ。

 ケマルが笑顔で拍手しながら近寄る。

「いやあ、お見事でしたよ、殿下。これほど頼りがいのある味方が一度に四人も増えるとは。さすがでございます」

 セリムはしかし、まったく嬉しそうではない。

「ケマル」

「はい、何でございましょうか」

「これからどうやって逃げるかなんだが」

「ええ。協議いたしましょう」

 ヌールが遠慮がちに言う。

「どこへ行っても、殿下の人相書きが出回っている」

 セリムがヌールに答えた。

「知っている。だから街道は歩けない」

 ムサが心配する。

「殿下には目指す所がおありなのですか」

 セリムがムサを見た。

「ある」

「いずこにゆかれますか」

 尋ねたのはハリルだ。

 低く強くセリムは言い切った。

「ランカ国。帝国の東の端」

 ヤクブがセリムに静かに視線を当てる。

「殿下のお母上の生まれ故郷ですね。しかし今は単なるランカという街になっておりますが」

「ヤクブの申す通りだ。しかし国のしくみはそのまま残っている。母上の身内はまだ生きている」

 答えたセリムに、ケマルがうなずいた。

「それが賢明と存じます」

 ハリルが一歩セリムに近づく。

「それなら山づたいに進む方がよいと考えます。山の中には帝国の兵士が少ない。俺は山育ちです。山にはわき水もあるし木の実や獣も取れる。飢えることはまずありません」

 セリムがハリルに強い目を向ける。

「俺もそう考える。ジャムスはきっと山にも刺客を伏せている。しかし山しか俺たちが進みやすい所はない」

「行くのですね」

 ヌールがセリムに確かめる。ムサ、ヤクブ、ハリルがまっすぐにセリムを見ている。ケマルはセリムの隣にいる。

 セリムは言った。

「夜明けと共に出立する」

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