第3話 味方にできるまで動けませんよ

 セリムが干し肉をごくりと飲み込む。そしてゆっくりと、兄が差し向けた四人の追っ手に歩み寄る。

 ケマルは腕組みをしながらセリムを目で追う。

 四人が短剣を抜き持った。打撃よりも短剣で刺殺する方が確実だと判断したようである。そしてさすがにセリムとて、刃物を持った相手の攻撃を完全に防ぎきれるわけはないと考えたらしい。

 四人が動いた。

 セリムが跳んだ。

 空中で体をひねり、四人の背後に着地する。

 四人が振り向いた。

 セリムは目の前にいたハリルの太ももを上から踏んづける。ハリルがうめいて短剣を落とす。

 一瞬うろたえる三人をセリムは見逃さない。ハリルの隣にいたムサの間合いにもぐり込み、腹に右膝を押し込む。膝蹴りをくらうと、くらった腹よりも背中側に痛みが突き抜ける。ムサが腹をかかえてうずくまった。

 背の高いヤクブと、小柄なヌールが、セリムに無言で襲いかかる。

 セリムはハリルが落とした短剣を拾う。

 ケマルは相変わらず腕組みをしたままだ。

 セリムが短剣を投げた。ヌールが打ち落とす。

 続いてムサが落とした短剣を持ち、セリムがヤクブに突っ込む。

 月明かりの下、セリムとヤクブが打ち合う。刃と刃の素早い交差には手練れのヌールすら割り込めない。

 そこへケマルが、ぱん、と手を打ち合わせた。

 とたんにセリムとヤクブが制止する。

 動くのは、口だけだ。先にヤクブが驚きの声を上げる。

「なっ、なんだっ、動けないっ」

 セリムはケマルをにらみつけたいが顔も目も動かせない。

「ケマルっ。何をしたのだっ」

 落ち着き払ってケマルが答えた。

「これも技の一つです。月光に頼みました。お二人を止めてくれとね」

 セリムとヤクブが異口同音かつ同時に怒鳴る。

「おいっ、早く技を解除しろっ」

「殿下。私は申し上げましたよ。彼らをこちらの味方にする。敵をも取り込む。これが真の君主です、とね」

 セリムはケマルの意図を察知した。

「で、では、俺がこやつらを味方にできるまで、こうして止まったままにすると言うのか?」

 ケマルがにこりと笑う。

「ええ。仰せの通りでございます」

 セリムは短剣を下に持ったまま、ヤクブは短剣を振りかざしたまま、止まっている。セリムは顔色を変えて叫んだ。

「それでは他の三人が俺を殺せるじゃないかっ」

「ご安心ください。他の三人にも止まってもらいましたから」

 確かに三人とも、ケマルの技によって制止している。加えてハリルはセリムに踏んづけられた太ももが痛くて動けないし、ムサはまだセリムの膝蹴りが効いていて起き上がれない。ヌールも短剣を構えたまま困り顔で突っ立っている。

 ケマルが両腕を広げた。

「さあ、殿下。彼らを仲間になさいませ」

 セリムが悲鳴を上げる。

「無茶言わないでくれよ」

 ケマルは笑顔でつっぱねた。

「追っ手の四人すら味方にできなくて、どうやって皇帝に立ち向かうというのですか。ただでさえあなたは追われる身、味方を増やさないことには生き残れませんよ」

 セリムは考えるしかなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る