第29話 力を貸してくれ
アルドナ半島と、ヘラス王国が位置するブルク半島の間で、大きな渦潮が生まれた。
折からの激しい雨と風の中、光る卵に入ったセリムとジャムスは、大きな音を立てて渦巻く海面を空中から見下ろす。
「ジャムス」
「セリム」
二人の間では、光の殻を通して会話ができた。
「これはどういうことだ」
「俺は『地の母』の祭壇にある石に手を置いたらこうなった。ジャムスは?」
「私も天を祭っていたらここに来た」
「セリムは預かった、と、声がした。多分、『地の母』だと思う」
「私も聞いた。行って参れ、ジャムスと。恐らくは天の声だ」
すると、渦潮から声が上がった。
――私たちは、「人」を手放そうと思う。
セリムが声に問う。
「あなたは、『地の母』ですか」
――そうである。
「なぜ、俺たちをここへつれてきたのですか」
――なんじらの、覚悟をはかるため。
「覚悟?」
――私と天は、協議した。天をいただくカイエの末裔たちと、私を信じるアルドナの者たちと、今度こそ互いを受け入れあおうと。セリム。アルドナの者を親とし、カイエの皇室に生まれたおまえしか果たせぬ。
「それなら兄は、ジャムスは関わりがないはず」
すると今度は真っ黒な空から声が降りてきた。
――ジャムスの覚悟も問うのだ。天を手放し、おのれで道を定める覚悟があるかどうか。
ジャムスが上を向いた。
「そうか――わかったぞ」
セリムが光の殻越しにジャムスに尋ねる。
「何がわかったのだ」
「我々は先祖代々、大きな決断を天に任せてきた。おのれの頭で考え、皆で協議することをしてこなかった。これからは我々が、皇帝だけではない、大臣たち、官僚たち、皆で考え、議論を尽くし、取るべき道を探すのだ」
果たして天は答えた。
――その通りだ。
セリムも考えた。考えて、うなずき、『地の母』に確認する。
「アルドナ半島の人々も同じだ。『地の母』に祈るばかりではなく、自分たちでできるところまでやってみること。そして森羅万象を味方と信じ、敬い、大切にすること。祈るならそのあとだ」
『地の母』は、姿こそ見えないが、笑ったようだった。
渦潮が向きを変えた。
波という波が、同じ方向に走る。あっという間にセリムとジャムスを追い越した。
ジャムスがあっと声を上げる。
「おいッ、これは!」
セリムの顔が真っ青になる。
「イスティンだ。イスティンに波が!」
そう、波がうねる。まるで大地を走る獣だ。速い。速い。止まらない。都イスティンめがけて押し寄せる!
雨風はさらに激しく、勢いを増すばかり。
ジャムスがうめいた。
「まさか……これを止めろと言うのか」
天も、『地の母』も、沈黙している。もうこれ以上、話す気はないらしい。
どうやって?セリムは考える。
ムサたちと戦った時にケマルが言った言葉が浮かんだ。
――さあ、殿下。彼らを仲間になさいませ。
――ただでさえあなたは追われる身、味方を増やさないことには生き残れませんよ。
「どうする、セリム」
彼らしくもなく焦りをあらわにするジャムスに、セリムは言った。
「使えそうなのは、この光だけらしい」
「光?この、私たちを包むこの光か」
「ああ」
光の殻に両手のひらを当て、セリムは訴えた。
「聞いてくれ。急いでいる。どうか力を貸してほしい」
光は冷たい。
「今、波が、イスティンに押し寄せている。あの勢いでは、船が沈む。家や人が流される」
セリムは、味方になってくれた人たちの顔を思い出す。
「俺の味方になってくれた人たちが、死んでしまうかもしれないんだ」
光は固い。
「止められるのは、どうやら、俺だけらしい。今、俺が頼れるのは、あなたしかいないんだ」
何も起こらない。
光の殻越しに聞こえるセリムの声に、ジャムスも自分を包む光に訴えた。
「私からも頼む。どうか力を貸してくれ。弟を助けたい。血はつながっていなくても、私たちは兄弟だ。生きるなら一緒だ。それに――」
セリムと同じように、光る殻に両手のひらを当て、ジャムスは声を強める。
「もうすぐ私の子が生まれるのだ。ミカエラと私の子だ。助けたい。助けたいのだ」
セリムとジャムスは、声を合わせた。
「力を、貸してくれ」
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