第12話 海賊退治をご一緒に

 薄く軽い鉄製の甲冑を着けたハルドゥンと騎兵隊が、司令部の庁舎の前に整列していた。

「五年ぶりだのう、ハルドゥン」

「お元気そうですね、長官」

 バルタオウルがハルドゥンに顔を突き出し、小声で尋ねる。

「ウトカンから何をことづかって来た」

 ハルドゥンもやはり小声で願い出る。

「お人払いをお願いいたします」

「ではわしの部屋に皆で入るとしようか」

 ウトカンはハルドゥンに、書面ではなく口頭で伝言した。それを聞いたバルタオウルはさっそく言った。

「セリムどのはいずこにおられるか」

「ここにいる」

 セリムが一歩進み出た。かぶとを取る。かぶとの下は布を巻かないので、短髪が現れた。これに対して軍人は軍服を着る時は頭に布を巻かずに円筒帽をかぶる。

 バルタオウルはしわに埋もれた鋭い目を、面白そうにきらめかした。

「追っ手までお味方につけられたと、ウトカンがハルドゥンにことづけてよこしましたな。いかなる手をお使いになられたのですか」

「戦いました。それから、本心を話しました」

「ほほう」

 バルタオウルが盛り場で講談でも聞くような顔つきになる。

「では、わしのことも味方になさるおつもりか」

 セリムがいったん、隣にいるケマルを見る。ケマルがにやりと笑ってうなずいた。

 セリムはバルタオウルにまっすぐに向かい合う。

「そうさせてもらう」

「ははは、これはいい。なかなか面白い少年だて」

 バルタオウルの笑い声にかぶせて、再び先ほど彼にハルドゥンたちの到着を告げた若い下士官バイラムが扉を叩いた。

「申し上げます。ビトラム人の海賊がガジ手前で我が軍と交戦しております」

「なんだと?それはいい」

 ゆったりとした口調で応じ、バルタオウルはセリムに笑いかける。

「海賊退治をご一緒にいかがですかな」

 セリムの垂れた目尻が真横に上がった。

 バルタオウルは楽しそうに言った。

「あなたにも一兵卒としてお働きいただく。回答はそれを見届けてからにさせていただきます」



 ガジとは、ホユックから西北の港町である。

 バルタオウルとセリムたちが到着してもなお、軍艦と海賊船との戦闘は続いていた。

 カイエ帝国の紋章である横を向いた馬の顔、それが大きな帆に描かれているバルタオウルの旗艦が現れると、カイエ帝国海軍は歓喜の声を、ビトラム人の海賊は驚愕と恐怖の声を上げた。

「やったぞっ、長官が来てくれた!」

「ばるたおうるガ来ヤガッタ!」

 バルタオウルもセリムたちも、甲冑を身につけていない。幅広の帯に剣を吊るしているだけである。むろん、甲板上での白兵戦に備えてのことだ。

 ぽきぽきと指を鳴らしてバルタオウルが背後に控えるセリムたち海兵に尋ねる。

「おぬしたち、暴れる用意はいいかな?」

「はい、長官!」

 揃った返答。バルタオウルが大声で命じる。

「体当たりせよ!」

 旗艦の舳先が海賊船の船体にめり込む。さらにバルタオウルが号令する。

「それ、乗り込め!」

「はーッ!」

 海兵たちが甲板を走り、ビトラムの海賊船に飛び移る。

 ビトラム人海賊が半月刀を振りかざして走る。

「野郎ドモ、かいえノ海軍ヲ生カシテ帰スナ!」

「オオーッ!」

 今年七十ながらバルタオウルの動きは速い。長剣で海賊の半月刀を弾き飛ばし、刀の持ち主を一撃で斬り捨てる。

「さあ、見せてくれよ、おぬしの腕前を!」

 元気よくバルタオウルに言われ、セリムは目の前に立つ海賊に剣で打ちかかる。

 一、二、三、四合目で一人、海賊を斬り伏せた。

「ほほう、なかなかやりおるのう!」

「光栄ですッ」

 セリムはあくまでも一兵卒として答える。

 ヌールが影のようにセリムの背後につき、海賊を斬る。ヤクブもすばやく海賊の懐にもぐり込んで腹に剣先を突き刺す。ハリルが打ち合い、相手が落とした半月刀を拾い上げ、右手に剣、左手に半月刀を持って二人倒す。ムサは他の海兵と帆柱に登って帆を引きずり下ろす。

 ケマルとネディム、ハルドゥンは漕ぎてたちのいる階へ駆け降りる。ハルドゥンがビトラム語で言った。

「オマエタチ、降伏スルナラ命ハ助ケル」

 ところが漕ぎてたちは従わない。

「バカ野郎ッ。オレタチダッテ、海賊ダッ」

「かいえノ連中ニナド、降伏スルモノカッ」

 そして櫂を投げ捨ててハルドゥンたちに殴りかかってきた。

「やむを得ないな」

 ハルドゥンの長剣がひらめいたと同時に血しぶきを上げて漕ぎてが一人死体になった。

 ケマルとネディムも一人ずつ斬り倒す。

 そこへセリムとヌール、ヤクブとハリルが駆け降りて来たムサは海兵たちと甲板上で帆の始末をしている。海賊船は停止し、続々と海兵たちに占拠されつつあった。

 漕ぎてたちがいる階は狭い。やみくもに突き出される拳をかいくぐり、セリムは漕ぎてのどてっ腹を拳でえぐるように打った。相手は体を二つに折り曲げ床に沈む。

 ぱちぱちと手を叩く音にセリムがあおぎ見ると、バルタオウルが笑っていた。

「さあ、ここまでといたしましょうか、殿下」

 殿下と呼ばれ、セリムが眉を上げ、目と口を大きく開ける。

「今、殿下と呼んだか」

「ええ、お呼びいたしました」

 バルタオウルが階段を一段ずつ踏みしめながら降りてセリムの前にひざまずく。

 セリムは信じられない思いで老将に問う。

「仲間になってくれるというのか」

「殿下のもとにおれば、面白いことが起こりそうですからな」

 しわに埋もれた鋭い目が、孫でも眺めるように細められた。

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