第13話 殺せばいいんだな

 カイエ帝国海軍の軍艦が海賊船を曳航し、ガジの港に向かう。

「う、は、吐きそう……」

 ヤクブが船べりにかじりつく。それを見てヌールが頭の後ろで両手を組む。

「俺、平気」

 ハリルは船べりに背中を預けて完全に脱力して目を閉じていた。

「揺れるのが、これほどこたえるとは……」

 ムサがハルドゥンに言う。

「案外、近いように見えて遠いんだな、岸から」

「ああ。波の上はそんなものだ」

 ケマルが頬を白くしたセリムの肩に手を置く。

「ご気分がよろしくない?」

「気持ち悪いが、岸に着くまでは我慢できそうだ」

 ネディムがセリムを甲板に座らせた。

「無理をするな。少し休め」

「すみません、おじ上」

 軍艦の甲板上に海兵たちが立ち並ぶ。全員、円筒帽をかぶり、詰め襟で、手足に沿った形の長袖長ズボンの軍服を着ており、膝下まである革のブーツを履いている。生け捕りにされ座らされた海賊たちを取り囲む。

 海賊たちに今一度バルタオウルがビトラム語で呼びかける。

「降伏スルナラ命ハ助ケル。返答セヨ」

 セリムの拳を腹に受けた漕ぎてが急に立ち上がった。バルタオウルの背中に下士官の一人が忍び寄り、右腕を喉元に回し、左手で両手首を握る。

「動くな」

 下士官がバルタオウルに言った。そして立ち上がった漕ぎてに剣を投げる。受け取り、漕ぎては驚きのあまり身動きできない海セリムたちにカイエ語で告げた。

「私はカイエ帝国近衛軍アルタン。陛下のご命令により、セリム皇子並びにセリム皇子に従う者共を処刑いたす」

 バルタオウルの首と両手を固めた若い下士官も名乗る。

「同じく私はカイエ帝国近衛軍バイラム。ひそんでいたのは我々だけではないぞ」

 海賊たちを取り囲む海兵たちが一斉に動いた。セリム、ケマル、ネディム、ハルドゥン、ヤクブ、ハリル、ムサ、ヌールの体を甲板に押しつける。

 海賊たちがあわて騒ぐ。

「オイッ、ナンダナンダ」

「仲間割レカ?」

 海賊がもう一人立ち上がり、ビトラム語で言った。

「オット、オマエタチモ動クナヨ」

 たちまち海兵がビトラム人の海賊たちを甲板にうつぶせにする。押さえつけられながら海賊の一人がただした。

「オマエモ近衛軍カ?」

 鍛え上げた中背のその男は、大きな声でひと言ひと言区切るように言った。

「ああそうさ。俺はカイエ帝国近衛軍トゥグルク。この船は我々近衛軍の支配下にある。おまえたちも一緒に処刑してやる」

 意味がわからないでいる海賊に、カイエ語を理解する他の海賊が早口で翻訳する。聞くやいなや海賊たちは大声で騒ぎ始めた。

「テメエッ、俺タチヲダマシヤガッタンダナッ」

「ブッ殺ス!」

 トゥグルクは海賊たちに無言で剣を振るい、二人とも首を落とした。曲芸のような鮮やかな手並みを目にしたとたん、他の海賊たちが海兵につかまれながら暴れだす。

「イヤダアッ」

「死ニタクネエ!」

 トゥグルクがさらに剣を躍らせ、また二人の首を胴体から斬り離した。

「これまでさんざんカイエ人を殺してきたのはおまえたちだろうが」

 血液を払った剣を鞘にも納めぬまま、トゥグルクはセリムたちに歩み寄る。

「殺せばいいんだな、アルタン?」

 アルタンが、目の据わった同僚に答える。

「そうだ、トゥグルク。我々の任務はセリム皇子の首を陛下にお持ちすることなのだから」

「お安いご用だ」

 トゥグルクがセリムの前に立った。海兵――近衛軍の将校たちがセリムの両手首を後ろに固定したまま無理やり上体を起こす。

「殿下!」

 ムサ、ヌール、ヤクブ、ハリル、ハルドゥン、バルタオウル、ネディムが叫ぶ。

「待てッ」

 ケマルが押さえつける将校の腕から逃れる。

「殿下。セリム殿下!」

「動くな!」

 ケマルは三人の将校に組みつかれ、また甲板上に押さえつけられる。

 セリムのうなじにトゥグルクは剣を当てた。

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