第11話 風に聞く

 ここはホユック、アルドナ半島南部軍駐屯地がある港町だ。

 軍艦が停泊しており、カイエ帝国海軍の軍人が街中を歩く。海を南下すればそこはビトラム国、政変と内戦が多く、ために住民は小舟にあふれるほどに乗り込んで北上し、ヘラス王国やカイエ帝国を目指す。生きてたどり着くのは十人いるうち二人か三人いればよい方だ。

 特に難民が多いのがヘラス王国である。しかしヘラス王国にたどり着いたとしても、ビトラム国の人々はヘラス語を話せないし聞いても理解できない。ヘラス王国の官僚たちも増え続ける難民に対応しきれずにいる。そこでようやく港町の役人たちや先に逃げてきていたビトラム人たちが、難民に住まいや職業をあっせんしたり、ヘラス語を教えたりするようになった。

 しかし難民の中にはヘラス王国で仕事にありつけず、食いつめた結果、海賊となる者たちも出始めた。そして同胞を奴隷として売り飛ばし、もうけを得る者すら現れたのである。

 王国当局は、いずれビトラム国に攻め込み、領土とする目的がある。そのために難民たちを利用する計画だ。むろん、海賊となった者もその対象である。セリムが聞いた、軍艦を多く建造しているという話はこれと関係がある。

「ビトラムあがりの海賊退治はお忙しいですか、バルタオウルどの」

 離れた相手と風で語る「技」がある。南部軍司令官バルタオウルと中央軍司令官エセンはこの技の使い手だ。だからこれを用いて情報交換を行っていた。

 エセンの姿は見えないが、大きくてよく響く声は聞こえる。小柄で白髪とひげの豊かなバルタオウルのかん高い声も、エセンのもとに風が運んでいる。

 バルタオウルは司令部の庁舎にいる。執務室から出て、海が見える回廊に立っていた。

「最近はおとなしくしておるな。そちらでも山賊は減らないか、エセン」

「減りませぬが、悪さはしておりませぬ。山の持ち主たちがわしらの兵を入れてくれぬ代わりに、山賊に山の警備を任せるようになったのです。金が入るようになり、奴らも旅人を襲うことはしなくなってきております。盗人が多いのは課題です。盗まずとも食えるように、ひとり親とか、じいさんばあさんだけの家、子供が多い家には、補助を出しているのですがね」

「若い奴を職につかせ、保障をせねば減らぬだろうよ。ところでおぬし、セリム皇子の話を聞いておるか」

「中央軍管区を山づたいに抜けられました。皇帝からお叱りを受けましたよ。山の中まで管理を強化せよと」

「お叱りだけで済んでよかったではないか」

「すでに逃げられたあとでしたからね。それに山の持ち主が我々に協力的でないことは、陛下もご存じであられますから。それよりセリム皇子が貴公のもとへ向かっていると、風から聞きました」

「わしも心得ている」

「どうするのですか。貴公の弟子ハルドゥンが一緒についてくるそうではありませぬか。ウトカンめ、うまく丸め込まれたようですな」

「ウトカンはおまえと仲が悪かったな」

「あやつは堅物すぎるのです。山賊や盗人が多いことをいつも突いてきます」

「ウトカンの任地とてランカ国の残党が時々暴れるでな。ランカの民が作る茶の値段をそろそろ上げてやらねば、奴らまた要人を暗殺するぞ」

「言ってやってくだされ」

「ああ」

 バルタオウルの前に下士官が現れた。

「すまぬ、エセン。仕事が入りそうだ」

「こちらこそ、お邪魔いたしました。では」

 風が止まった。自分より頭ひとつ分背の高い、孫と同じくらいの年頃の下士官をバルタオウルは見上げる。

「待たせたな。して、何用か」

「お話し中のところ失礼いたします。ご来客でございます」

「軍人かな、民間かな」

「東部軍司令官ウトカンどのの命を受けた騎兵隊の隊長、ハルドゥンどのがお見えになっております」

「わかった。会おう」

 バルタオウルは下士官の前に立って大股で歩き出した。

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