第22話 表れた託宣は

 卓上に広げられた星の配置図には、「滅ぶ」という配置は、なかった。

 ついでに言うと、「セリム」という人名すら、消えている。

 ジャムスは腕組みをしながら卓上に視線を落とし、そして、天井に顔を向けた。

 ここは宮殿の最上階にある、天文省の配置図作成室である。円形に盛り上がった天井にはガラスのはまった扉つきの小さな丸窓が設置されている。都で星が見えない夜でも、各地の天文省出張所で星が見えればそこで配置図を作成する。

 何のためか。天の意志を日々、確かめるためだ。

 かつてアルドナ半島より北に広がる草原で暮らしていたカイエとその一族郎党は、天の意志に従って生きてきた。彼らが一年に一度集まり、族長を決めたり、どこへ放牧に向かうかを決めたり、敵対する部族や国家と和解するか争うかを決めたりする会合がある。その時も族長が前夜に星を見て、その結果を参加者に示してから始めるのだ。

 作成室にいる天文省長官ルステムは、一人沈黙する皇帝をただ、見守っている。

 彼の短髪とひげが黄金色なのは、彼の両親がアルドナ半島の北西に位置するバルガーラ国の出身だからである。バルガーラ国は、カイエ帝国が百五十年前に戦い、友好の取り決めをした国である。それ以来、両国の間では互いに人々が移住したり、移住した結果永住を決めたりするようになった。バルガーラはもともと、公国のさらに北に位置する大国オストラントの辺境領である。代々「バルガーラ公」に任じられてきた人物が、交易で得た財を貯蓄し、本国に対して独立を請願した。交易路を本国まで伸ばすことを条件として独立を認められたのである。

 ルステムも卓上にある配置図を見る。

 そこに表れる託宣は、ただ一言。

 ――変われ。

 ジャムスは配置図をたたみ、手に持った。

「もうすぐ、セリムがやって来る。出迎えるぞ、ルステム」

「はっ、お供つかまつりまする」

 二人は作成室をあとにした。



 人と同じ大きさになった渡り鳥が飛んでいる。しかもその背中には、人が乗っている。

 都イスティンの人々は目と口を開けたまま鳥の進路を目で追いかけた。

 しかもその鳥たちは、皇帝陛下がおわす宮殿に向かっているではないか。

 衛兵たちや、近衛軍の兵士たちが駆けつけ、空へ向けて矢をつがえる。

 しかし鳥の背に乗っているのが誰なのかわかると、夜勤明けの近衛軍司令官メティンは大声で命じた。

「弓を下ろせっ。仲間だっ。仲間だぞっ」

 兵士の一人がメティンに言う。

「しかし、セリム皇子もおります。皇子については殺害命令が発せられております。このまま射落とした方がよいと考えます」

「お主の指摘は最もだ。しかし、正確に皇子だけを射落とすことができるか?」

 先ほど発言した兵士は鳥の編隊を見て、メティンに深く頭を下げた。

「申し訳ございません。非常に困難であります」

 セリムを乗せた頭の鳥を囲むように、近衛軍の兵士ムサ、ハリル、ヤクブ、ヌール、アルタン、バイラム、そしてトゥグルクを乗せた鳥たちが飛んでいるからである。

 しかもムサたちは全員、地上に向けて弓を構え、矢をつがえている。

 弓弦を引く手の力をゆるめずアルタンが叫ぶ。

「司令官!我らただ今帰還いたしました!長官や同僚を射殺する意志は毛頭ございませぬ。これはあくまでも安全を確保した形で着陸したいがための行動であります。何とぞ着陸の許可をお願いいたします!」

 ムサたちが声を揃える。

「お願いいたします!」

 地上にいる衛兵たちや、近衛軍の兵士たちが、弓を構えた体勢のまま顔だけメティンに向ける。

 メティンは即座に答えた。

「よろしい!着陸を許可いたす!」

「かたじけない!」

 アルタンが叫び返すと同時に鳥たちは宮殿前の広場に降り立った。

 セリムたちが広場に立つと同時に、渡り鳥はもとの大きさに戻り、一斉に南を目指して飛び立った。

 頭の鳥がセリムを振り返る。

「ウマクヤレヨ、兄弟!」

 セリムが笑って頭の鳥に大声で答える。

「ありがとう、兄弟!気をつけて」

 ムサたちが弓を納める。しかしセリムを守る円陣は解かない。

 メティンはその円陣に近づき、立ったままセリムに告げた。

「陛下より承っております。ご案内いたします」

「ありがとう、メティン。妃殿下もご無事である」

 礼を爽やかに言われ、メティンは拍子抜けした。加えてミカエラのきりっとした立ち姿を確認し、背筋を伸ばして腰を直角に折る礼で応じた。

 こうしてセリムと彼の味方たちは、皇帝の待つ広間に向かった。

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